しゃべる人形

ニコルが「わかる気がする」と笑って、その柔らかな唇を大きく開いた瞬間、僕の指は反射的にその奥へと滑り込んでいた。
「うぇっ……!」
突発的な異物感に、ニコルは生理的な拒絶反応を隠せなかった。口にしていたコーヒーをナース室の畳に吹き出し、激しく咳き込む。
「あかり、大丈夫? またやっちゃったの……」
あかりは慌てふためくニコルに寄り添いながら、どこか誇らしげに言った。
「私も、いつもこうしてやられちゃうの。最初はびっくりするけど、だんだん秋生君がそれくらい私のことを好きだって分かってきて……私、もう慣れちゃった」
あかりの言葉に、ニコルは狼狽しながらも、混濁した意識の中で何かが腑に落ちたような顔をした。彼女は荒い呼吸のまま、ナースステーションの奥にあるトイレへと駆け込む。僕は迷わずその背中を追った。
狭い個室に二人きり。
「ニコルさん、ごめんなさい。でも、僕……あかりと同じくらい、あなたのことも好きなんです」
僕は彼女の震える手を強く握りしめた。ニコルは混乱し、顔を真っ赤にしながらも、僕の切実な視線から逃げようとはしなかった。
「……もう、わかったから。大丈夫、落ち着いて」
彼女は僕の手を握り返し、あかりが外で待つこの空間の中で、不思議な連帯感に包まれていた。僕は彼女の指先に残る自分の痕跡を見つめ、懇願した。
「ニコルさん、お願いです。僕の中ではこれは汚れじゃない。このまま、手を洗わないでいてくれませんか」
その狂気じみた願いを聞いた瞬間、ニコルは堪えきれなくなったように大笑いした。緊張が緩み、張り詰めていた空気が蕩けていく。
「あなた、本当に面白い人ね。……わかったわよ、洗わないわ」
外では、そのやり取りを察したのか、あかりが嬉しそうに飛び跳ねながら、壁の向こうでケタケタと笑い声を上げていた。病院という清潔なはずの場所で、僕たちは社会のルールを無視した、極めて純粋で、極めて歪な絆を、笑い声と共に結び直していた。