街灯の明かりが遠ざかり、あかりとの別れが近づくにつれ、僕の胸の中には耐えがたい寂しさが溢れ出した。掌の中の小さな容器には、今日出会ったばかりのしおりの気配が揺れている。僕はあかりの手を引いたまま、もう一度立ち止まった。
「あかり、もう一回だけ。……いい?」
あかりは一瞬目を丸くして、「ええ、またやるの?」と小さく声を漏らした。けれど、彼女の瞳に拒絶の色はない。むしろ、そこには僕と同じ、出口のない寂しさが映っていた。
「……あきお君と別れるのが寂しいの。なんか急に、身体の奥が熱くなって……」
あかりの呼吸が乱れる。知的な障がいを持つ彼女特有の、純粋すぎる感情の奔流。それは制御できない波のように、彼女の口から掠れた悲鳴や、意味を持たない小さな「うーっ」という音が漏れ出す。
「あかり、大丈夫だよ」
僕は彼女を抱きすくめた。彼女の身体は震え、熱を帯びている。通行人の視線など気にならない。僕には、彼女が今、世界から取り残されるような恐怖を感じていることが痛いほど分かった。
そのまま僕はあかりを抱き上げ、彼女の家へと急いだ。部屋に入ると、待ち受けていた遥が、慣れた手つきで事態を察した。
「大丈夫だよ、あかり。ここには誰もいないよ」
遥の声は驚くほど穏やかだった。僕たちは知っている。こういう時、決してやってはいけないことを。
「それは違う」という否定も、「頑張れ」という無責任な励ましも、彼女たちにとっては毒でしかない。ただ、そこに在る彼女たちの揺らぎを、そのまま受け止める。
僕はあかりの背中を、一定のリズムで優しく叩き続けた。
「うん、うん」
彼女の支離滅裂な言葉や、吐き出される感情の断片を、僕はただ受け皿のように拾い上げる。論理や正論なんて、この部屋には必要ない。ただ彼女という存在の、震える輪郭を壊さないように、その揺らぎと同調する。
それは特別なスキルなんかじゃない。ただ、誰よりも彼女たちの「居場所」を大切にしたいと願う僕らにしかできない、魂の共鳴だ。
やがてあかりの呼吸が、僕の鼓動に重なるようにゆっくりと静まっていった。彼女の目から溢れていた涙が、頬を伝って僕の腕に落ちる。
「……あきお君、いたね」
あかりが安心しきった声でそう呟いたとき、僕は心底思った。社会の物差しで測れば「障がい」と呼ばれるかもしれないこの彼女たちの心こそが、本当は誰よりも敏感に、この世界の冷たさと温かさを感じ取っているのだと。
僕たちはその夜も、静寂の中で互いの体温だけを頼りに、この歪な居場所を守り続けていた。
「あかり、もう一回だけ。……いい?」
あかりは一瞬目を丸くして、「ええ、またやるの?」と小さく声を漏らした。けれど、彼女の瞳に拒絶の色はない。むしろ、そこには僕と同じ、出口のない寂しさが映っていた。
「……あきお君と別れるのが寂しいの。なんか急に、身体の奥が熱くなって……」
あかりの呼吸が乱れる。知的な障がいを持つ彼女特有の、純粋すぎる感情の奔流。それは制御できない波のように、彼女の口から掠れた悲鳴や、意味を持たない小さな「うーっ」という音が漏れ出す。
「あかり、大丈夫だよ」
僕は彼女を抱きすくめた。彼女の身体は震え、熱を帯びている。通行人の視線など気にならない。僕には、彼女が今、世界から取り残されるような恐怖を感じていることが痛いほど分かった。
そのまま僕はあかりを抱き上げ、彼女の家へと急いだ。部屋に入ると、待ち受けていた遥が、慣れた手つきで事態を察した。
「大丈夫だよ、あかり。ここには誰もいないよ」
遥の声は驚くほど穏やかだった。僕たちは知っている。こういう時、決してやってはいけないことを。
「それは違う」という否定も、「頑張れ」という無責任な励ましも、彼女たちにとっては毒でしかない。ただ、そこに在る彼女たちの揺らぎを、そのまま受け止める。
僕はあかりの背中を、一定のリズムで優しく叩き続けた。
「うん、うん」
彼女の支離滅裂な言葉や、吐き出される感情の断片を、僕はただ受け皿のように拾い上げる。論理や正論なんて、この部屋には必要ない。ただ彼女という存在の、震える輪郭を壊さないように、その揺らぎと同調する。
それは特別なスキルなんかじゃない。ただ、誰よりも彼女たちの「居場所」を大切にしたいと願う僕らにしかできない、魂の共鳴だ。
やがてあかりの呼吸が、僕の鼓動に重なるようにゆっくりと静まっていった。彼女の目から溢れていた涙が、頬を伝って僕の腕に落ちる。
「……あきお君、いたね」
あかりが安心しきった声でそう呟いたとき、僕は心底思った。社会の物差しで測れば「障がい」と呼ばれるかもしれないこの彼女たちの心こそが、本当は誰よりも敏感に、この世界の冷たさと温かさを感じ取っているのだと。
僕たちはその夜も、静寂の中で互いの体温だけを頼りに、この歪な居場所を守り続けていた。

