しゃべる人形

薬局の自動ドアが開き、夜の冷たい空気が僕たちの頬を撫でた。あかりの右手を握り、もう片方の手で、さっき再会したばかりのしおりの手を強く掴んでいた。
街灯の下、三人の影が歪に重なる。別れ際、僕は衝動に駆られた。しおりの瞳を真っ直ぐに見つめ、僕は少し悪戯っぽく、でも切実に言った。
「なあ、しおり。別れる前にさ、少しでいいから唇を触らせてくれないか」
しおりは「えっ」と息を呑み、心臓が跳ねるような音を立てて硬直した。予想外の要求に、彼女の頬が月明かりの下で紅潮する。その沈黙を破ったのは、隣にいるあかりの、どこか誇らしげな声だった。
「あはは、しおりちゃんごめんね。私と秋生君は付き合ってるんだけど……この人、自分に優しくしてくれる子には、すぐこういうことしちゃう癖があるんだよ」
あかりが事もなげに暴露すると、しおりは目を見開き、信じられないものを見るような表情で僕を見た。
「えっ……あかりちゃん、いいの……?」
「いいよ。秋生君が私を愛してるのは変わらないし。ただ、脇はダメだよ? それは私だけのものだから」
あかりは少しだけ唇を尖らせて、しおりに向かって悪戯っぽく笑った。しおりは困惑しながらも、ゆっくりと僕の指先を見つめた。彼女の中に渦巻く戸惑いと、隠しきれないときめき。
「……変な人。でも、少しだけよ」
しおりは指先にわずかな唾液をつけ、僕の唇にそっと触れた。指先の柔らかな感触と、そこにある冷たさと温もり。それはあかりと交わしてきた、秘密の儀式と同じ感触だった。
「じゃあね」
しおりは、まだ火照った顔をしたまま、くるりと踵を返した。背中を見送る僕の唇には、彼女の残り香のような微かな湿り気が残っている。
「秋生君、またすぐ誰かを好きになっちゃうんだから」
あかりはそう言って笑いながら、僕の手をぎゅっと握り直した。夜の帳の中に二人の背中が遠ざかっていく。僕はその背中を見つめながら、この歪で、痛くて、たまらなく愛おしい日常が、どうかこのまま続いてほしいと願っていた。