しゃべる人形

あかりが上履きを探してうずくまっていた、あの日の体育館裏。冷たいコンクリートの感触と、心臓を締め付けるような屈辱。またあいつらだ。靴を隠し、誰かの笑い声が遠くで響いていた。
「あかり、どうしたの? またやられたの……?」
不意に差し伸べられた手は、しおりのものだった。私はその温もりに触れた瞬間、こらえていた涙が堰を切ったようにあふれ出した。ワンワンと声を上げて泣く私を、しおりはただ黙って抱きしめてくれた。その隣で、正男も何も言わずにじっと私の話を聞いてくれていた。
結局、その日は学校が終わった後、しおりの家へ逃げ込んだ。ただ一緒に時間を過ごす。それだけのことが、どれほど私の呼吸を楽にしてくれたか。
そして、今の薬局。目の前に立つしおりを見上げた瞬間、当時の記憶が鮮やかに蘇る。最初は緊張で身体が強張ったけれど、それがしおりだと分かった途端、胸の奥から温かいものが込み上げてきた。
「助けてあげられなくてごめんね」
しおりが絞り出すように言ったその言葉に、私は首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ。あの時、しおりちゃんがそばにいてくれただけで、私は救われてたんだよ」
秋生が不思議そうな顔で見つめる中、私は言葉を続けた。
「誰かを助けるって、何かをしてあげることだけじゃないと思うの。物理的に何かを変えるんじゃなくて、ただそこにいて、私の話を聞いてくれる。ただそれだけで、私は明日を生きる力が湧いてきたの。あの時の二人と過ごした時間は、私にとって何よりも確かな『居場所』だったんだよ」
薬局の明るい照明の下で、私たちは中学時代と同じ空気を共有していた。時を超えて、あかりの孤独を埋めるピースが、静かにパズルのように嵌まっていく。