しゃべる人形

病室の張り詰めた空気の中で、僕は自らの奥底にある衝動を、哲学的な問いへと昇華させていた。
「幸せとは何だ。命とは、一体何のためにある?」
あかりの苦しみ。中学時代にいじめられたあの日々。彼女の人生は、絶望の連続だったのかもしれない。僕と出会ったことでさえ、彼女にさらなる苦悩を強いる結果になったのではないか。フロイトの心理学を紐解き、なぜこれほどまでに彼女の存在そのものを、その体から排出されるものまでも貪り求めてしまうのか、僕は自問自答した。
答えはシンプルだった。痴漢と呼ばれようが、変態だと蔑まれようが、警察に突き出されようが、僕の愛は揺るがない。表面的な楽しさを共有するだけの関係は、本当の愛ではない。相手が笑っている時だけそばにいるのは、誰にでもできる。だが、相手が底なしの絶望に沈み、汚泥を吐き出し、命の灯火が消えゆく瞬間にこそ、その人の傍らにいられるか。それが本当の愛であり、真の友情ではないか。
僕に、その「地獄を共有すること」の尊さを教えてくれたのはあかりだ。そして、僕たちを結びつけてくれた正男にも、僕たちを冷ややかな目で見ながらも周囲を取り巻いていた桜坂の高校の皆にも、今では感謝すら湧いている。どんなに憎まれても、疎まれても、人間は泥をかぶりながら他人と関わらずにはいられない。
今の世間は、そんな泥臭い人間関係の機微を忘れ、清廉潔白という名の空虚な器に自分たちを押し込めている。彼らは本当の愛を知らない。だからこそ、僕は書く。僕とあかりがこの地下室の無菌室で燃やした、誰にも理解されないかもしれない情熱を、ありのままに書き殴る。
これが、人間として生きるということなのだと、証明するために。