しゃべる人形

明かりは地下へと送られることになった。
この病院の地下1階、そして地下2階。そこは地上の病棟とは完全に隔絶された、無菌の聖域である。白血病という病魔を焼き払うための強力な抗がん剤や化学療法を施すには、外部の細菌さえも許されない閉鎖空間が必要だったからだ。
なぜわざわざ地下なのか。それは単なる効率の問題ではない。地下という場所は、地上の喧騒や日常から切り離された「境界線」そのものだった。そこへ向かうエレベーターは、一般の患者や面会者が使うものとは完全に分離されている。許可された職員と、死と生の間を揺れ動く患者だけが乗ることを許された、特別な昇降機だ。
病院には、誰にも言われない無言の規則があった。地上の病棟で、余命いくばくもない患者が息を引き取ったとき、その衝撃が他の患者の希望を奪わぬよう、あらかじめ重篤な状態にある者は地下の無菌室へと移される。つまり、地下へ降りることは、治療への希望であると同時に、死がすぐそばまで迫っているという無言の宣告でもあった。
世間では「日本に地下室を備えた病棟などない」と語られることが多い。だが、僕は知っている。この病院には確かに、深く冷たい地下への階段がある。あかりを乗せたストレッチャーが職員用のエレベーターに吸い込まれ、地上の光がゆっくりと遠ざかっていく。
地下深く、無菌の静寂の中に閉じ込められたあかり。そこはもう、僕が抱きしめることさえ許されない、完全な隔離世界だった。僕はエレベーターの扉が閉まる瞬間、あかりの手を掴むこともできず、ただその冷たい鉄の扉を見つめることしかできなかった。