大人たちは言う。人間も物も、役に立たなくなれば捨てればいい。それがこの社会の「合理的なルール」だと。
けれど、僕の家には、そんな理屈とは無縁の命たちがいる。
忘れもしない、ある朝の5時だった。家の前で、一匹の犬と一匹の猫が声を上げて泣いていた。犬のノン君と、猫のちび君だ。彼らはどこかから捨てられ、当てもなく彷徨い歩いて、僕たちの家に辿り着いたのだ。
「ここで飼ってください」
言葉には出さずとも、彼らのその瞳は確かにそう訴えていた。誰かに見捨てられ、社会から弾き出された者同士が、見えない糸で引き寄せられるようにして出会った瞬間だった。父はためらうことなく言った。「じゃあ、飼おうじゃないか」。僕たちは彼らを、壊れた廃材を宝物に変えるのと同じくらい自然な気持ちで、家族として迎え入れた。
さらに不思議なことが起きた。後から加わった一匹の巨大な猫。なぜか、いつの間にか僕の母親がその猫へと姿を変えていたのだ。
どうしてそんなことが起きたのか、誰にも分からない。論理的な説明なんてどこにもないし、科学やAIがどれだけ発達しても、この問いに答えを出せる者はいないだろう。それはただ、そこにある不思議な事実として、僕の日常に溶け込んでいる。
大人たちは、正解のないことを嫌う。「なぜだ?」「どういう仕組みだ?」と問い詰め、答えが出なければ切り捨てる。でも、世界はそんなに単純じゃない。理解できないからといって、理由がないからといって、そこに命があるという事実は変わらないんだ。
廃材も、病を抱えた人間も、捨てられた犬や猫も、そして理由もなく猫に変わってしまった母も。みんな、大人が決めた「正しさ」や「効率」の枠からは外れてしまった存在だ。
けれど、僕は思う。
この世界で本当に大切にしなければならないのは、大人が効率よく管理できるものじゃない。こうして理由もなく僕の元へやってきて、泣きながら居場所を探している、名もなき命たちの温もりなんだ。
卒業なんて、嫌だ。
この世界から離れて、合理的な大人の顔をした「無関心な怪物」たちの中に放り出されるのが怖い。
僕は、僕の電車ごっこの各駅停車に乗せて、彼らみんなを連れて行きたい。たとえ世の中が彼らを「不要なもの」として消しゴムで消そうとしても、僕の物語という線路の上だけは、彼らが生きた温かい記憶を乗せて、どこまでも走り続けてみせるんだ。
けれど、僕の家には、そんな理屈とは無縁の命たちがいる。
忘れもしない、ある朝の5時だった。家の前で、一匹の犬と一匹の猫が声を上げて泣いていた。犬のノン君と、猫のちび君だ。彼らはどこかから捨てられ、当てもなく彷徨い歩いて、僕たちの家に辿り着いたのだ。
「ここで飼ってください」
言葉には出さずとも、彼らのその瞳は確かにそう訴えていた。誰かに見捨てられ、社会から弾き出された者同士が、見えない糸で引き寄せられるようにして出会った瞬間だった。父はためらうことなく言った。「じゃあ、飼おうじゃないか」。僕たちは彼らを、壊れた廃材を宝物に変えるのと同じくらい自然な気持ちで、家族として迎え入れた。
さらに不思議なことが起きた。後から加わった一匹の巨大な猫。なぜか、いつの間にか僕の母親がその猫へと姿を変えていたのだ。
どうしてそんなことが起きたのか、誰にも分からない。論理的な説明なんてどこにもないし、科学やAIがどれだけ発達しても、この問いに答えを出せる者はいないだろう。それはただ、そこにある不思議な事実として、僕の日常に溶け込んでいる。
大人たちは、正解のないことを嫌う。「なぜだ?」「どういう仕組みだ?」と問い詰め、答えが出なければ切り捨てる。でも、世界はそんなに単純じゃない。理解できないからといって、理由がないからといって、そこに命があるという事実は変わらないんだ。
廃材も、病を抱えた人間も、捨てられた犬や猫も、そして理由もなく猫に変わってしまった母も。みんな、大人が決めた「正しさ」や「効率」の枠からは外れてしまった存在だ。
けれど、僕は思う。
この世界で本当に大切にしなければならないのは、大人が効率よく管理できるものじゃない。こうして理由もなく僕の元へやってきて、泣きながら居場所を探している、名もなき命たちの温もりなんだ。
卒業なんて、嫌だ。
この世界から離れて、合理的な大人の顔をした「無関心な怪物」たちの中に放り出されるのが怖い。
僕は、僕の電車ごっこの各駅停車に乗せて、彼らみんなを連れて行きたい。たとえ世の中が彼らを「不要なもの」として消しゴムで消そうとしても、僕の物語という線路の上だけは、彼らが生きた温かい記憶を乗せて、どこまでも走り続けてみせるんだ。

