しゃべる人形

桜坂高校。その名前は、春になれば見事な桜のトンネルになるという、学校へと続く唯一の坂道から名付けられた。だが、実際のところは、ただの田舎の寂れた学び舎だ。各駅停車が1時間に3本しか止まらない小さな駅。駅員は常に一人しかおらず、改札の音だけがやけに大きく響くその町で、この学校はひっそりと息をしている。
この高校には、世間が言うところの「勉強」はない。知的障害や過去にいじめを経験した生徒たちが、それぞれの傷を抱えて集まってくる。入試なんてものは存在しない。自分の名前さえ書ければ、誰だって合格だ。理科も物理も、難しい数式もここにはない。国語の時間は教科書を開く代わりに、スマホで『野いちご』の携帯小説を読み耽るのが俺たちの流儀だ。体育だって、ただグランドを適当に走り回ったり、ボールを無意味に空へ放り投げたりするだけ。
世間からは「使いものにならない」と烙印を押された教師たちが、ここへ流れてくる。上松先生もその一人だ。普通の進学校ならとっくにクビになっているような、どこか欠落した教師。でも、そんな彼が教えるこの場所で、俺たちは初めて「教科書に載っていない音楽」を鳴らすことを覚えた。
唯一、この学校が学校らしく機能しているのは、年に一度の合唱コンクールだけだ。なぜそれだけが異常に熱を帯びるのかは誰も知らない。ただ、俺たちはこの「ダサくて、弱くて、行き場のない」場所で、今日もまた、思いつきの流行歌を、不格好な太鼓とタンバリンで奏でている。それが俺たちの、精一杯の「高校生活」だった。