しゃべる人形

佐藤部長の冗談で教室が笑いに包まれる中、僕はふと窓の外を見た。遠くで見える町の明かりは、冷たく、そしてどこまでも無関心に輝いている。
世の中は今、「AI」という言葉で踊っている。人と会話するよりAIと対話する方が効率的だ、便利だ、と。サムスンと他社が手を組み、誰もがポケットの中に「最適化されたAI」を入れようと躍起になっている。
便利さは、確かにこの指先一つで手に入る。けれど、それは同時に、取り返しのつかない不便を僕たちに強いているのだと、僕は確信している。
「大人になればもっと自由になれる」「もっと楽しい世界が待っている」
そんな甘い言葉を、大人は若い連中に向かって投げかける。けれど、それは真っ赤な嘘だ。僕はこの物語を通じて、その欺瞞を暴きたかった。
大人になるということは、この教室で交わした涙の記憶を「消しゴム」で消されることだ。学校時代に心を許し合った友達、かけがえのない恋人。そんな人間関係は、卒業と共に強制的に引き剥がされる。その後に待っているのは、赤の他人ばかりの職場だ。
価値観も、歴史も、歩んできた道も違う「見ず知らずの大人たち」と、機械のように何かを成し遂げなければならない場所。そこでは、自分の想いなんて誰にも届かない。大人たちは、若い奴らを自分たちの都合のいい型にはめたがり、何事も勝手に決めつける。彼らにとって、僕たちが抱える痛みや、記憶を大切にしたいという願いは、ただの「不満」や「わがまま」でしかないのだ。
大人になったら、いいことなんて一つもない。あるのは、自分が何者かを主張することを諦めさせられ、世間の都合に自分をすり減らしていく毎日だけだ。
コロナという時代を経て、この高校の中で僕たちが感じ取った「人の温かさ」や「失いたくない記憶の重み」。それは、外の社会が効率化という名の下に捨て去ろうとしている「人間らしさ」そのものだった。
「AIなんてものに頼らなくても、僕たちは人間同士でこうして傷つき、泣き合えた。それこそが、生きるということじゃないのか」
教室の外には、人間味の欠片もない冷徹な「大人たちの日常」が広がっている。そこへ放り出されれば、僕たちのこの脆い絆は、消しゴムで擦られるようにあっという間に消えていくだろう。
だからこそ、僕は叫びたかった。
この教室の空気、みんなと泣き合ったこの温度、そして大人たちが「無駄だ」と切り捨てるその感情こそが、本当の宝物なのだと。
卒業を拒む僕の震えは、ただの幼さじゃない。
大人が支配する「何もいいことがない世界」に対する、魂からの拒絶なのだ。