しゃべる人形

夏江先生の言葉が終わり、教室には重く、しかし温かい沈黙が流れていた。
その静寂を切り裂くように、あかりの嗚咽が漏れた。抑えきれない感情の奔流に、あかりは膝の上で握りしめていた手を震わせ、大粒の涙をこぼした。
遙かは反射的にあかりの背中をさすり、「大丈夫だよ、あかりちゃん」と声をかけた。遙かの手を通して、あかりの身体が震えているのが伝わってくる。あかりの涙は、ただ先生の話に感銘を受けただけではなかった。
マリアの誕生という命の祝福。その裏側で、自分の中にある病の影と、常に隣り合わせにある「死」への恐怖。あかりは、その言葉にできない不安を、自分自身の命と照らし合わせていたのだ。
やがて、あかりは涙を拭うと、震える声で立ち上がり、思い詰めた表情で自分の「作文」を語り始めた。
「私は……病気になりました。治したくて、一生懸命に抗がん剤を使いました。でも……そのせいで、頭が……。知的障害になって、中学ではいじめられました」
あかりの声は、ゆっくりと、しかし絞り出すように響いた。
「それでも、今は……ここにいて、遙かちゃんや、みんなと友達になれて……本当に幸せです」
言葉を区切りながら、あかりは教室を見渡した。
「でも、私の命は……みんなよりも短いかもしれない。いつ、また病気が私を連れて行ってしまうか、分からない。だから……みんなに、分かってほしいんです。コロナがなくなって、世の中が明るくなったみたいに振る舞っているけれど……過去に死んでしまった人や、今も苦しんでいる人のことを、どうか忘れないでほしい。今の幸せだけに、うつつを抜かさないで……」
それは、あかりという一人の人間が、理不尽な運命と懸命に向き合いながら絞り出した、魂の叫びだった。
教室の空気は、張り詰めた糸のように震えていた。遙かの目からも、堪えきれない涙が溢れ落ちた。
しばらくの沈黙の後、夏江先生は静かに歩み寄ると、あかりの肩に優しく手を置いた。その瞳には、深い慈しみの色が浮かんでいる。
「……よく分かりました。あかりさん、あなたの心の奥まで、先生はしっかりと届きましたよ」
先生の声もまた、わずかに震えていた。
「あなたは本当に、誰よりも命の重さを理解していますね。あかりさんのその気持ち、ここにいる全員がしっかりと受け止めました」
先生の言葉が合図であるかのように、部屋中のあちこちから、すすり泣く声が聞こえてきた。遙かはあかりの手をしっかりと握りしめた。そこには、言葉以上の確かな繋がりと、互いの命を慈しむ温もりが確かに存在していた。