しゃべる人形

その夜、でっかい猫はいつもの無口な様子とは打って変わり、静かに、しかし断固とした口調で言った。
「今日ここで怒っていても、奴らの思う壺だ。明日、あかりの家へ行こう。全員で、弁護士を連れてだ」
その言葉は、僕たちの胸に深く突き刺さった。そう、感情的に対立するだけじゃ足りない。彼らの武器が法律という「狡猾さ」であるなら、僕たちはそれを上回る正当性と、プロの力で対抗するしかないんだ。
親父の仕事場に出入りしている信頼できる弁護士――無骨だが情に厚いその男は、僕が持参した親戚の言動の記録と、遥かの置かれた過酷な状況を聞き終えると、煙草を揉み消して短く言った。
「……分かった。法は、強欲な奴らのためだけにあるんじゃない。戦おう」
翌日、僕たちはあかりの家に集結した。
遥か、あかり、正志、理子、そして僕。そこへ、昨日連絡を受けたあかりのお母さんが、凛とした表情で迎えてくれた。彼女もまた、遥かの境遇を知り、怒りに震えていた一人だ。
リビングのテーブルを囲み、弁護士が鞄から書類を取り出す。その光景は、もはや子供たちの遊びではなく、正当な「権利」を守るための作戦会議だった。
「遥かちゃんの親戚たちは、遺産や不動産の売却益を独占しようと画策していますね。ですが、彼らには遥かちゃんを保護し、その権利を守る義務がある。それを怠っている以上、法的に切り込める隙間はいくらでもあります」
弁護士の冷静な分析を聞きながら、遥かは少しだけ安心したように息をついた。あかりがお母さんの手を握り、遥かの隣で力強く頷く。
「もう一人じゃないからね、遥かちゃん」
そのとき、玄関のチャイムが激しく鳴り響いた。
モニターには、昨日追い返したはずの、あの卑しい親戚夫婦の姿が映っていた。彼らは昨日の「猫による制裁」の腹いせと、更なる要求を突きつけにやってきたのだ。
「……来たな」
弁護士が立ち上がる。その背中は、僕が今まで見てきたどんな大人よりも頼もしかった。
「私が対応しましょう。皆さん、遥かさんを奥の部屋へ。ここからは、大人の戦いです」
僕は遥かの背中をそっと押し、あかりと共にリビングの奥へ向かった。
扉越しに、弁護士の静かな怒りを含んだ声が聞こえる。
「……不法侵入と恐喝、それに未成年に対する不当な利益誘導。すべて記録は揃っています。警察を呼ぶか、今すぐこの場から立ち去るか――どちらにしますか?」
昨日までの僕たちは、ただ感情をぶつけることしかできなかった。でも、今は違う。守るべき仲間がいて、共に闘ってくれる大人たちがいる。
閉ざされた扉の向こうで、親戚たちの狼狽える声が聞こえてくる。僕はノートパソコンを開き、その一部始終を「希望の記録」として書き留め始めた。この不条理な夜の果てに、ようやく僕たちが手にするはずの「日常」を取り戻すために。