しゃべる人形

引っ越し作業が一段落し、遥かの生活が新しい場所へと動き出した安堵感は、一瞬にして凍りついた。
我が家に現れたのは、遥かの父方の親戚だと名乗る老夫婦だった。彼らは遥かの安否を気遣うどころか、玄関に足を踏み入れるなり、薄汚れた算盤を弾くような目でこう言ったのだ。
「で、あの家はいつ売るんだ? 土地の評価額はいくらになる?」
血の繋がった人間が、身内を亡くしたばかりの少女に対し、最初に口にすることが「金」の話だというのか。僕は耳を疑い、次に激しい眩暈のような怒りに襲われた。遥かがどれほどの絶望の中で、母の不在と向き合っているか。彼らはそれを知りながら、ただ「現金」のことしか頭にない。
「あんたたち、遥かの何なんだよ……!」
僕の声が震える。隣で、でっかい猫が毛を逆立て、チビとノーンも低い唸り声を上げていた。動物は正直だ。この人たちが纏う「悪意」と「強欲」の匂いを、彼らは敏感に嗅ぎ取っている。
じじいが鼻で笑い、「身内の財産管理は当然の権利だ」と吐き捨てた瞬間、事態は一変した。
でっかい猫が猛烈な勢いで飛びかかり、その指先を鋭い爪で切り裂いた。老人が悲鳴を上げた隙に、今度はノーンがその足首に容赦なく牙を立てた。
「ギャアアアアッ!」
廊下に老人の悲鳴が響く。だが、僕も止めようとは思わなかった。この不条理に対する、彼らなりの制裁だとさえ思った。
結局、法律や登記という冷たい仕組みの前では、僕のような友人は無力だ。遥かがどれほど困窮しようと、どれほど泣こうと、あの家を売った金は、この「鬼」のような親戚たちの懐へ吸い込まれていく。世の中のルールは、時に弱者を食い物にする者たちを保護するようにできている。その不合理さが、どうしようもなく腹立たしい。
親戚たちが怒鳴り散らしながら去った後、僕は座り込んだ。
遥かには、このことは絶対に言えない。あかりの家でようやく見つけた小さな安らぎを、こんな卑しい大人たちの欲望で汚したくなかったからだ。
「……世の中は、本当に腐ってるな」
僕は膝の上のノートパソコンを開いた。画面のカーソルが点滅している。この理不尽な現実を、僕は物語の中に刻み込む。現実では僕が彼らから金を取り返すことはできないけれど、物語の中では、この卑しい者たちに何らかの「報い」を与えることだってできる。
でっかい猫が、僕の足元で静かにゴロゴロと喉を鳴らした。その温もりが、僕の荒ぶる心をわずかに鎮めてくれる。
窓の外では、夜が更けていく。遥かは今、どんな夢を見ているだろうか。彼女の未来を、大人の欲望から守り抜く。それが今、僕がこの暗闇に対してできる、唯一の反抗だった。