警察から連絡が入ったのは、その翌日のことだった。
「例のベンツの件ですが、押収物として保管していた車両は、本日をもってスクラップ工場へ送りました。もう二度と、あんな不快な姿で公道を走ることはありません」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に刺さっていた棘が抜けたような、静かな安堵が広がった。あの黒光りするベンツを見るたびに蘇る、お母さんが奪われた瞬間の光景や、僕たちの心を踏みにじった男の傲慢な笑み。それらが物理的に「粉砕され、鉄屑に変わった」という事実は、何よりも強力な浄化だった。
「……よかった。本当に、終わったんだな」
僕が電話を切ると、あかりが心配そうに覗き込んでくる。事の顛末を伝えると、彼女も小さく息を吐き、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「もう、あの車を見ることもないし、あの男の影に怯えることもないね。秋生、もう大丈夫だよ」
男の処遇についても、警察は淡々と告げた。
引き取り手のない遺体は、身寄りもないまま警察署が管理する共同墓地の名簿に名前が刻まれることになる。あんなに傲慢に生きた男が、最後には誰にも惜しまれることなく、無機質な名簿の一行として処理される。その結末さえも、男が積み重ねてきた悪行に対する、あまりにも静かで、あまりにも冷ややかな帰結だった。
僕はノートパソコンを開き、物語の最後の一章を書き始めた。
『――ベンツは鉄屑となり、男の名前は名簿の隅へと消えた。世界から醜い悪意の欠片がひとつ、またひとつと片付けられていく。僕たちは、奪われた時間や命を取り戻すことはできない。けれど、その痛みを抱えたまま、こうして空を見上げ、明日という新しい風を吸い込むことができる。それが、僕たちに許されたささやかな、そして何よりも尊い勝利なのだ』
書き終えた後、僕は大きく伸びをした。
部屋の窓からは、街の灯りが穏やかに揺れているのが見える。もう、あのベンツのエンジン音に怯えることもない。あかりや遥か、仲間たちと過ごすこの時間が、僕の本当の現実だ。
「さあ、今日はもう寝よう」
僕はパソコンを閉じ、物語の続きはまた明日へ預けることにした。
闇は消え、世界は少しだけ綺麗になっている。僕たちの物語も、ここから新しいページへと向かっていくのだ。
「例のベンツの件ですが、押収物として保管していた車両は、本日をもってスクラップ工場へ送りました。もう二度と、あんな不快な姿で公道を走ることはありません」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に刺さっていた棘が抜けたような、静かな安堵が広がった。あの黒光りするベンツを見るたびに蘇る、お母さんが奪われた瞬間の光景や、僕たちの心を踏みにじった男の傲慢な笑み。それらが物理的に「粉砕され、鉄屑に変わった」という事実は、何よりも強力な浄化だった。
「……よかった。本当に、終わったんだな」
僕が電話を切ると、あかりが心配そうに覗き込んでくる。事の顛末を伝えると、彼女も小さく息を吐き、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「もう、あの車を見ることもないし、あの男の影に怯えることもないね。秋生、もう大丈夫だよ」
男の処遇についても、警察は淡々と告げた。
引き取り手のない遺体は、身寄りもないまま警察署が管理する共同墓地の名簿に名前が刻まれることになる。あんなに傲慢に生きた男が、最後には誰にも惜しまれることなく、無機質な名簿の一行として処理される。その結末さえも、男が積み重ねてきた悪行に対する、あまりにも静かで、あまりにも冷ややかな帰結だった。
僕はノートパソコンを開き、物語の最後の一章を書き始めた。
『――ベンツは鉄屑となり、男の名前は名簿の隅へと消えた。世界から醜い悪意の欠片がひとつ、またひとつと片付けられていく。僕たちは、奪われた時間や命を取り戻すことはできない。けれど、その痛みを抱えたまま、こうして空を見上げ、明日という新しい風を吸い込むことができる。それが、僕たちに許されたささやかな、そして何よりも尊い勝利なのだ』
書き終えた後、僕は大きく伸びをした。
部屋の窓からは、街の灯りが穏やかに揺れているのが見える。もう、あのベンツのエンジン音に怯えることもない。あかりや遥か、仲間たちと過ごすこの時間が、僕の本当の現実だ。
「さあ、今日はもう寝よう」
僕はパソコンを閉じ、物語の続きはまた明日へ預けることにした。
闇は消え、世界は少しだけ綺麗になっている。僕たちの物語も、ここから新しいページへと向かっていくのだ。

