しゃべる人形

桜坂高校の映画館で、僕たちは狂ったように踊り続けた。小室サウンドの激しいビートに身を任せ、汗をかき、悲しみをその熱気の中に溶かし出していく。僕はあかりと、そして理子ちゃんと、踊って、笑って、叫んだ。あのお母さんの事故のこと、あの憎むべき男の顔、すべてを一旦忘れるために。
だが、ライブの余韻が静まり返り、館内が沈黙に包まれた時、あかりの表情が変わった。
「遥かちゃん、ちょっといい? 話があるの」
あかりの声は、いつもよりずっと低く、そして深く響いた。二人はそのまま、映画館から離れた別の教室へと歩いていった。僕はその背中を見送りながら、あかりが何を言おうとしているのか、なんとなく悟っていた。彼女の優しさは、時に世界を包み込んでしまうほど大きい。
教室の扉越しに、微かに二人の声が漏れ聞こえてくる。
「……一人より、私と一緒に、ずっと永遠に暮らそうよ」
あかりの真っ直ぐな言葉だった。遥かの戸惑う声が続く。
「えっ……でも、秋生くんは?」
「ううん、違うの。秋生くんのことは気にしないで。あかりはあかりのうちで暮らしているから……私のお母さんと、遥かちゃんと、私と、それから上松。四人で暮らそうよ」
あかりの言葉に、僕は驚きながらも、どこかで納得していた。あかりのお母さんの住む家。遊び人で夜な夜な街へ繰り出し、ほとんど家にいない上松の気配。あかりは、家族を失った遥かの孤独を埋めるための、最も温かな居場所を、自分自身の生活の中に作り出そうとしていたのだ。
あかりの声は、迷いなく確信に満ちていた。
「ねえ、今からお母さんに電話してみる。聞いてみてくれる?」
その瞬間、教室からスマホを操作する音が聞こえた。あかりのお母さんに繋がる呼び出し音。それは、遥かの未来が、少しずつ、でも確実に、僕たちと一緒に生きるという新しいルートへ動き出した合図だった。
僕は教室から少し離れた廊下で、拳を握りしめていた。
あかりのその無鉄砲で、誰よりも純粋な優しさ。上松の不在すらも「都合がいい」と言い切ってしまう彼女の強さ。それは、理不尽に命を奪われた遥かの絶望を救い上げる、唯一の救済策なのかもしれない。
あかりが電話越しに、自分の母親へ必死に訴えかける声が聞こえてくる。
僕は、二人の未来がどうなるのかを確信しながら、ただ静かに、その返事を待っていた。