警察署の冷たい空気の中で、事態は刻一刻と激しさを増していった。
取り調べ室の向こう側から、あのベンツの男の不愉快な声が漏れてくる。「運が悪かった」「俺は悪くない」。アルコールの匂いと、スマホを操作しながら人を撥ねたという事実。反省の色など欠片もないその態度に、僕は拳が血を滲むほど握りしめられていた。
僕への事情聴取で、警察官は溜息をつきながら言った。「気持ちは分かる。だが、暴力は解決にならない」。それでも、僕の事情を汲み取ってくれたのか、逮捕という最悪の事態は免れた。学校にまで連絡が行くことはないという温情も、彼らなりの配慮だったのかもしれない。僕が蹴ったベンツの弁償代についても、犯行の責任を問う形で見送られた。
その時だった。別室から男の怒号と、ガシャーン! という暴力的な破壊音が響いた。男が警察の什器や調書台をなぎ倒し、暴れ回ったのだ。
「ふざけんな! 俺のベンツが……!」
もはや単なる過失致死では済まない。飲酒運転、煽り運転、過失致死に加え、公務執行妨害と器物損壊。男の罪状は瞬く間に積み上がり、彼は警察官たちに取り押さえられていった。彼には、地獄のような未来が待っているはずだ。
その時、署の外から『ゴォォォォォ』という、聞き慣れた重機——ユンボのエンジン音が響いた。
何事かと窓を開けた警察官が、呆気にとられて声を上げた。
「おい、なんだあのユンボは……!」
そこにいたのは、紛れもなくうちの親父だった。夜の闇を背に、巨大なユンボが警察署の前に鎮座している。親父は平然とした顔で、僕を手招きした。
「おい、何やってんだお前。……乗れ」
親父は事情を察してか、僕をユンボのバケットの近くへ導き、そのまま座席に乗せた。警察署の喧騒を背に、ユンボがゆっくりと走り出す。夜の道をガタゴトと揺られながら、僕は親父にすべてを話した。遥かのお母さんのこと、ベンツの男の不条理さ、そして僕が衝動的に車を蹴り飛ばしたこと。
親父は黙って聞いていた。
「……あそこにへこんだベンツがあるが、ありゃお前がやったんだろう」
「……うん」
親父は「もう知らんぞ」と捨て台詞を吐いたが、その声には不思議と怒りは混じっていなかった。むしろ、理不尽に大切な人を奪われた友人と、それに抗った息子に対する、親父なりの不器用な連帯感が漂っていた。
病院の屋上から始まった僕たちのクリスマスは、こうして重機の振動とともに幕を閉じた。
警察の倉庫に運び込まれたあのベンツは、今頃、証拠品として徹底的に調べられているだろう。あかりの温もりがついた指先を、僕はポケットの中でそっと握りしめた。どんなに悲しくて理不尽な夜であっても、明日は必ずやってくる。それが、たとえどんなに重たい現実を突きつけてくるとしても。
取り調べ室の向こう側から、あのベンツの男の不愉快な声が漏れてくる。「運が悪かった」「俺は悪くない」。アルコールの匂いと、スマホを操作しながら人を撥ねたという事実。反省の色など欠片もないその態度に、僕は拳が血を滲むほど握りしめられていた。
僕への事情聴取で、警察官は溜息をつきながら言った。「気持ちは分かる。だが、暴力は解決にならない」。それでも、僕の事情を汲み取ってくれたのか、逮捕という最悪の事態は免れた。学校にまで連絡が行くことはないという温情も、彼らなりの配慮だったのかもしれない。僕が蹴ったベンツの弁償代についても、犯行の責任を問う形で見送られた。
その時だった。別室から男の怒号と、ガシャーン! という暴力的な破壊音が響いた。男が警察の什器や調書台をなぎ倒し、暴れ回ったのだ。
「ふざけんな! 俺のベンツが……!」
もはや単なる過失致死では済まない。飲酒運転、煽り運転、過失致死に加え、公務執行妨害と器物損壊。男の罪状は瞬く間に積み上がり、彼は警察官たちに取り押さえられていった。彼には、地獄のような未来が待っているはずだ。
その時、署の外から『ゴォォォォォ』という、聞き慣れた重機——ユンボのエンジン音が響いた。
何事かと窓を開けた警察官が、呆気にとられて声を上げた。
「おい、なんだあのユンボは……!」
そこにいたのは、紛れもなくうちの親父だった。夜の闇を背に、巨大なユンボが警察署の前に鎮座している。親父は平然とした顔で、僕を手招きした。
「おい、何やってんだお前。……乗れ」
親父は事情を察してか、僕をユンボのバケットの近くへ導き、そのまま座席に乗せた。警察署の喧騒を背に、ユンボがゆっくりと走り出す。夜の道をガタゴトと揺られながら、僕は親父にすべてを話した。遥かのお母さんのこと、ベンツの男の不条理さ、そして僕が衝動的に車を蹴り飛ばしたこと。
親父は黙って聞いていた。
「……あそこにへこんだベンツがあるが、ありゃお前がやったんだろう」
「……うん」
親父は「もう知らんぞ」と捨て台詞を吐いたが、その声には不思議と怒りは混じっていなかった。むしろ、理不尽に大切な人を奪われた友人と、それに抗った息子に対する、親父なりの不器用な連帯感が漂っていた。
病院の屋上から始まった僕たちのクリスマスは、こうして重機の振動とともに幕を閉じた。
警察の倉庫に運び込まれたあのベンツは、今頃、証拠品として徹底的に調べられているだろう。あかりの温もりがついた指先を、僕はポケットの中でそっと握りしめた。どんなに悲しくて理不尽な夜であっても、明日は必ずやってくる。それが、たとえどんなに重たい現実を突きつけてくるとしても。

