しゃべる人形

教会の熱狂が嘘のように、外の空気は冷たく澄み渡っていた。空には冬の星座が瞬き、それぞれの命がそれぞれの軌道へと戻っていく。
駅の改札口。あかりと別れる時間が近づくと、胸の奥がキュッと締め付けられる。僕はみんなが見ている前だというのに、無意識に彼女を引き止めていた。
「ねえ、あかり。別れる前に、ちょっと……俺にちょうだい」
あかりは少しだけ恥ずかしそうに、「またやるの?」と呟きながらも、素直に口を開けてくれた。僕は彼女の温かな唾液を指につけ、それをそっと自分の中に刻み込む。それは僕たちだけの儀式だ。
「もう、本当にしょうがないんだから」
遥かも、あんなも、正雄も、僕たちの姿を見て呆れたように笑っていた。通りすがりのサラリーマンやOLたちも、その光景を温かい目で見守り、「仲が良いねえ」と笑いながら通り過ぎていく。恥ずかしさよりも、彼女と繋がっているという安心感が勝っていた。
僕はその手を拭かずに、家路を急いだ。あかりの温もりがついた手を洗うなんて、僕にはできなかった。
家に帰ると、でっかい猫が僕の汚れた手を見て、「帰ってきたならちゃんと洗いなさいよ!」とカチカチと歯を鳴らして怒ったけれど、僕はただ無視して部屋にこもった。さすがにこの強情は、でっかい猫には通用しないと分かっていたけれど、今の僕にはそれだけがささやかな抵抗だった。
親父がリビングから声をかけてくる。
「遅かったな。何やってたんだ?」
「……教会に行ってたんだ。クリスマス会でね」
「そうか。まあ、明日も学校だろ。無理するなよ」
親父の言葉に生返事をして、僕は重い体を引きずって床についた。夢の中へ落ちようとした、その時だった。
『キィィィィィ——ッ!!』
耳を突き刺すような激しいブレーキ音。その直後に、家が揺れるほどの衝撃が襲った。飛び起きて外へ出ると、近くのコンビニに車が突っ込み、ひしゃげたボディが火花を散らしていた。
人だかりができ、警察官が駆けつける中、僕は凍りついた。運転席から運び出されたのは、遥かのお母さんだった。
遥かの家は、お父さんを亡くして以来、母子家庭だ。お母さんはクリスマスの夜も遅くまでスーパーで働き詰めだったんだ。疲れ果てていたのか、それともクリスマスの夜の暗闇に視界を奪われたのか。
救急車が到着し、お母さんは意識不明の状態で運び出されていく。行き先は、あんながマリアを産んだ、あの病院だった。
「どこへ行くんだ、お前!」
親父が叫ぶのを振り切り、僕は駆けつけた警察官の車に無理を言って同乗した。
「友達の親が……友達の親が事故に遭ったんです! どうか、乗せてください!」
病院へ向かう車の中で、僕は何度も警察官から事情を聞かれた。あかりの匂いが残る指先を握りしめ、僕はただ祈り続けた。どうか、あんなとマリアが生まれたばかりのこの病院で、また新しい奇跡が起きてほしいと。
病院の屋上には、さっきまで僕たちを祝福してくれた空の道がある。どうか、遥かのお母さんに、神様の光が届きますように。僕は、震える手で何度も祈りを繰り返していた。