しゃべる人形

「マリア……。そうだ、クリスマスに生まれたんだから、マリアがいい」
僕がふと思いついたその名前を口にした瞬間、病室にいた全員の表情がパッと明るくなった。
「マリアちゃん……! なんて素敵なんだろう、本当にいい名前ね」
あんなが愛おしそうに赤ん坊を抱きしめる。正雄も感激で目を潤ませながら何度も頷いた。病院という無機質な場所が、たった一つの名前に決まったことで、温かな家庭の空気に包まれていく。
そのときだった。開け放たれた病室のドアから、先ほどまで僕たちがいた教会の牧師さんと信者さんたちが、賛美歌を歌いながらなだれ込んできた。
「ハレルヤ、新しい命の誕生を祝福しましょう!」
病院内での賛美歌の合唱。本来なら許可されるはずのない光景だけれど、今日のこの病院には、そんなルールを吹き飛ばすほどの「愛の力」があった。
そして、その賛美チームの列の脇から、ひょっこりと顔を出したのは――。
「ニャア! ニャアアアア!」
「カチカチッ!」
「ワンッ、ワンッ!」
でっかい猫の母さんとチビ、そして近所の犬ののんちゃんだった。
普通なら追い出されてしまうはずのペットたち。けれど、今日ばかりは誰一人として彼らを止める者はいなかった。それどころか、でっかい猫は母親のような威厳を持って、チビとのんちゃんと共に、賛美歌に合わせて堂々とした歌声を響かせている。
「な、なんだあの猫たちは……!」
取材に来ていたテレビ局のスタッフも、カメラを回す手を止めて呆然としている。けれど、次の瞬間には、彼らもまたその奇妙で愛らしい光景にカメラを向け、満面の笑みで中継を続けた。
あかりはその光景を見て、涙を流しながらも大笑いした。
「見て秋生、母さんもチビものんちゃんも、マリアちゃんのために歌ってるよ!」
病院の廊下は、まさに天上の宴会場のようだった。
白い壁、消毒液の匂い、点滴の機械……そんな病院の風景が、猫と犬の鳴き声と、力強い賛美歌、そしてみんなの笑い声で、一夜にして「奇跡の聖堂」へと塗り替えられていく。
僕はピアノの椅子から立ち上がり、あかりと並んで、その混沌とした、でも最高に美しい光景を眺めていた。
これが僕たちの生きる場所。
障害があるとか、病気だとか、人だ猫だなんていう境界線は、この祝福の歌声の中では何の意味も持たなかった。
「マリア、聞こえるかい? みんなが君の名前を呼んで、君のために歌っているよ」
小さなマリアは、その喧騒の中、安心しきったように小さくあくびをした。
窓の外の星が、まるでこの病室を覗き込むように一段と強く輝いた。どんな聖書の一節よりも、今、目の前で起きているこの「生命の騒がしい祝福」こそが、真実の福音のように僕の胸に刻み込まれていった。