しゃべる人形

あんなの無事な出産を見届けたその帰り道、あかりは少し立ち止まって、この病院で看護師をしている「吉野家のニコル」にそっくりなあの女性に声をかけられた。
「あかりちゃん、久しぶり。……あんなさんのお友達の赤ちゃんのこと、本当に良かったわね。元気な女の子よ」
彼女は、ずっとあかりの体調を見守り続けてきた優しい瞳で、あかりの肩をポンと叩いた。
「あかりちゃんも、これからもまた頑張ろうね。私たちがついているから」
その温かい言葉に、あかりの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。ここは、あかりが幼い頃から幾度となく入院し、苦しい時も、寂しい時も、天井を見つめて過ごしてきた場所だ。
僕たちはあかりの病室へ向かった。あかりがかつて過ごしたその場所で、僕たちは自然とあかりの昔話に花を咲かせた。まだ小さかった頃のあかりが、点滴をぶら下げながら窓の外の鳥を眺めていた話。初めてこの病院で「お友達」ができた日のこと。消灯時間を過ぎても、隠れて僕とお喋りをした夜のこと。
話せば話すほど、あかりがいかにこの場所で、強くなっていくための時間を積み重ねてきたかが伝わってきた。それは単なる闘病記ではなく、彼女が「生きていくこと」を誰よりも強く選んできた、誇り高き記録だった。
正雄も、遥かも、正志も理子ちゃんも、そしてさっきまで戦闘機で空を駆けていた世界的なリーダーたちさえも、部屋の隅で静かに聞き入っていた。
あかりの紡ぐエピソードは、時に切なく、時に笑いがこみ上げるような愛おしい記憶の断片だった。その記憶の重みに、部屋中の空気が震える。
「あかりちゃんは、昔から本当に強かったわね」
看護師さんのその一言で、張り詰めていた糸が切れたように、僕たちはみんな涙を流した。
それは、たった今生まれたばかりの小さな命と、これまで懸命に命を削って輝いてきたあかりの姿が重なり、この病室が「生命の輝きそのもの」で満たされた瞬間だった。
部屋の明かりは暖色で、窓の外の雪はもう止んでいた。
みんな、声を上げて泣いていたわけじゃない。ただ、目から溢れる涙を止めることができなかった。
障害や、命の長さや、そんな理屈なんてどうでもいい。今、ここにいる。それだけのことが、こんなにも尊い。あかりの病室に満ちたこの涙は、誰かに強要されたものでも、悲しみによるものでもない。
ただただ、みんなが「生きていてくれてありがとう」と、互いの存在を抱きしめ合うための、温かな祈りだった。僕たちの心は、今、一つの命の鼓動と完全に同調していた。