しゃべる人形

親父はテレビの音量を少し下げると、僕の顔を見ずに言った。
「……最近、お前、好きな人がいるんだろ。もしかして、あそこの家の明かりちゃんか?」
親父の唐突な言葉に、僕は喉の奥が詰まるのを感じた。その瞬間、足元でカチカチと音を立てていた大きな猫——僕の母親が、不機嫌そうに喉を鳴らした。
母親は猫の姿のまま、鋭い視線を僕に向けて言った。
「あの子、知的障害があるでしょう。……あなた、あの子と付き合うのがどれだけ難しいか、わかっているの?」
以前と全く同じ、聞き飽きた言葉だった。世間が僕たちを縛り付けるための、あの冷たい「大人」の論理。僕の心の中で、小さなトゲのような苛立ちが膨らむ。けれど、僕は逃げなかった。今日、あかりと一緒に歩き、自分たちの「帰る場所」を見つけた今の僕には、伝えるべき言葉があったからだ。
「……うん、分かってるよ。でも、それでも僕はあの子と付き合いたいんだ」
僕は真っ直ぐに、大きな猫の瞳を見つめて言った。母親は少しだけ驚いたように耳を伏せ、それからふうと長い溜息をつくような動作をした。
「……そう。そこまで言うんだったら、やってみれば?」
母親は柔らかい前足で僕の足をそっと触れ、続けた。
「やらないことには、何も分からないものね。人の心も、自分の心も」
その隣で、小さなチビが「ニャア」と短く鳴いた。その鳴き声は、まるで母親の言葉に同意するように、僕の背中を押してくれているみたいだった。
「……ありがとう、母さん」
僕は、猫の姿をした母さんの柔らかい毛並みに顔を埋めた。親父は何も言わずにふっと笑い、またテレビの方へ視線を戻した。
窓の外では夜が深まり始めている。家の中には温かな空気が流れていた。僕の選んだ道は、簡単じゃないかもしれない。でも、自分の帰る場所で、こうして愛する人たちの言葉を受け取れた今、僕は迷わずにあかりの元へ続く道を歩いていける気がした。