しゃべる人形

ライブ会場の熱気の中で、僕とあかり、そしてお母さんは、LiSAの歌声に溶け込んでいた。三人が肩を寄せ合い、光の渦の中に立つその姿は、周囲の観客から見ても、何物にも代えがたい濃密な空気を放つ一つの塊のように見えていたはずだ。
その様子を、喫茶室の冷えた空気の中で、あんなと春香がTikTokの配信越しに眺めていた。画面の中で揺れるステージの光と、そこに重なる三人の影。
「あれ、あかりと秋生君……それに、お母さん?」
春香が画面を指差して小さく笑う。「ねえ、あの三人、やっぱり他のカップルより距離が近すぎない? なんだか、ここにはいない別の世界にいるみたい」
あんなもまた、スマホの画面に映る僕たちの異様なまでの親密さに、苦笑いを浮かべた。そこにはもう、彼女たちが入り込む余地など微塵もなかった。
一方、その光景から完全に切り離された場所で、正男は独り、閉ざされた感情を抱えていた。彼の恋人であるあんなとの距離は、最近、目に見えて開いてしまっていた。かつては共有できていたはずの物語や価値観が、今はもう、全く別の場所を向いている。正男はあんなを見つめながら、かつて彼女と語り合ったはずの言葉が、今ではもう誰にも届かない空虚な響きを持っていることに気づいていた。
対照的に、正志とニコちゃんは、文化祭の劇の練習という共通の試練を乗り越え、驚くほど密接な距離を築いていた。二人は、正男があんなに対して抱くような「すれ違い」とは無縁の世界にいた。正志はニコちゃんの些細な仕草にすら喜びを見出し、ニコちゃんもまた、劇の中で役を生きる正志の背中に、自分だけの安らぎを感じ取っていた。
正男は、その正志たちの瑞々しい変化を横目で見ながら、あんなとの間にある冷え切った空隙を痛感する。正男にとって、文化祭の成功や劇の達成感は、あんなとの距離を縮めるための鍵になるはずだった。しかし、今の二人の間には、もはや共有できる物語がない。正男が抱える「この街の歪み」への視点と、あんながTikTokの画面越しに楽しむ「外側の熱狂」。二人の興味の矛先は完全に解離し、それが積み重なって、埋めがたい溝となっていた。
喫茶室の静寂が、正男の苛立ちを静かに浮き彫りにする。あんなが画面の中で踊るLiSAの姿を見て楽しそうに笑うたび、正男は自分の中に蓄積する孤独を噛みしめる。正志とニコちゃんが築いた確かな絆と、自分とあんなの間に広がる、透明で残酷な断絶。
街のあちこちで、物語の歯車は不揃いに回り続けていた。僕たちがライブの爆音の中で「家族」の形を確かめ合っている一方で、彼らもまた、それぞれの愛の形と、決して重なることのない境界線の前で、ただ立ち尽くしていた。