しゃべる人形

正志は、ニコちゃんと共に街の公園のベンチに腰を下ろしていた。かつて抱えていた恋愛の影はもう消え去り、今、彼はニコちゃんの無邪気な言動の中に、自分だけが守らなければならない純粋な光を見出している。二人は遠くから聞こえるはずのないライブの爆音を想像し、静かな時間を分かち合っていた。正志はニコちゃんに、僕とあかりの間で起きた騒動や、あかりの過酷な運命について、少し大人びた口調で語り聞かせる。彼らにとって、僕たちの関係はもはや理解の範疇を超えた、触れてはならない「神話」のような存在になりつつあった。
あんなと春香は、いつもの喫茶室の隅で、冷めきったコーヒーを前に沈黙を守っていた。彼女たちの視線の先には、SNS上に流れてくるライブ会場付近の賑わいがある。秋生とあかり、そしてお母さん。あの三人が一体となって消えてしまったかのような感覚に、彼女たちは焦燥と、やり場のない疎外感を隠せない。「ねえ、私たち、何か大事なことを見逃してるんじゃないかな」という春香の問いかけに、あんなはただ窓の外の曇り空を見つめるだけだ。彼女たちは、僕たちが見つけた「家族」という名の歪な境界線の外側に立たされていることに、ようやく気づき始めていた。
そして正男は、一人、ザミジャ遺跡の近くを徘徊していた。彼は今、上松先生の行方を追うことさえやめ、ただ先生が妹と密談している店の裏側で、男が吐き出す煙草の煙が空に消えていくのを見つめていた。正男は、この街の教師たちが抱える薄汚れた秘密と、それを利用して平穏を保とうとする僕たち高校生の冷徹な駆け引きを、誰よりも俯瞰的な視点から眺めている。
正男にとって、この街はもうまともな論理では動いていない。携帯の着信履歴を確認しながら、彼は静かに呟く。
「みんな、それぞれの地獄を選んだんだな」
会場の熱気が最高潮に達し、LiSAの歌声が僕たちの魂を揺さぶるその時、彼らもまた、それぞれの場所で、僕たちという「中心」が空洞になった世界を、戸惑いながらも確かに歩み続けていた。僕たちの狂気は、彼らの日常をわずかに歪ませ、けれど彼ら自身の物語を、それぞれの色で染め上げていたのである。