しゃべる人形

あかりの部屋で、僕たちはこれからの未来について語り合った。僕たちはあの「結婚式ごっこ」を、単なる遊びではなく、僕たちなりの「宣言」だと捉えていた。高校生という身分でありながら、お母さんから許しを得てこの家で暮らし始めることは、社会の枠組みから少しだけはみ出した、僕たちだけの新しい生活の始まりだった。
「これから、どうしようか。僕たち、二人でどう生きていこう」
そう問いかけたとき、ふと自分の家で待っている二匹のことが気になった。あかりの家に泊まるということを、まだ誰にも伝えていない。僕はスマホを取り出し、自宅の固定電話へとダイアルした。
コール音が数回鳴った後、受話器が持ち上げられる音がした。……が、そこに人の声はない。
「……もしもし? あ、僕だよ。……あ、でっかい猫か。……聞いてくれるかな、今日からしばらく、あかりの家に泊まることにしたんだ。二匹で留守番、頼めるかな」
受話器の向こうから、でっかい猫が「ニャァ」と短く、しかしどこか納得したような声で応えてくれた。まるで「わかった、お前はあかりと幸せになれ」と言ってくれているようで、僕は胸が熱くなった。
電話を切り、スマホをベッドの脇に置くと、あかりが少しはにかんだような顔で僕を見つめていた。
「秋生くん……お風呂、一緒に入る?」
その言葉に、僕は何も言わずに頷いた。あかりの家の浴室は広くて清潔だったけれど、どこか日常の生活感が薄く、僕たちのための聖域のように感じられた。
湯船に二人で身を沈めると、温かな湯の熱が全身を包み込んだ。肩と肩が触れ合う距離で、僕はあかりの少し火照った顔を眺めていた。水面に映る僕たちの影が、ゆらゆらと揺れている。
「ねえ、秋生くん。なんだか、本当に夫婦になったみたいだね」
あかりがくすくすと笑い、僕の背中を優しく流してくれた。お風呂という、この閉ざされた空間には、外の世界のコロナの不安も、上松先生の不誠実な影も、全てが洗い流されていくようだった。ただ僕とあかりの吐息だけが、湿度を帯びて混ざり合う。
湯船の中で彼女の指先が僕の手に絡みつく。それは、もう二度と離さないという意志のようでもあった。
「うん……もう、何があっても離れないよ。ここが僕たちの本当の家だ」
僕たちは言葉少なに、ただお互いの肌の温もりを確かめ合った。湯気が立ち込める浴室は、どんな豪華な結婚式場よりも神聖で、僕たちの門出を祝っているようだった。
悲しみも、死も、そしてこの世界の不条理も、今夜はこの浴室の扉の外に置いていこう。あかりの白い肌が湯気の中で透けて見える。僕は、彼女の濡れた髪をそっと撫で、ただ静かに、今ここにいるという実感を噛み締めていた。明日のことなんて、どうでもいい。今、こうして二人でいられるだけで、僕たちの物語は最高に美しく完結しているのだから。