しゃべる人形

テレビ中継で僕たちの猫が日本中の人気者になったことが、まさかこんな事態を招くとは思いもしなかった。
ある日、我が家のチャイムが鳴った。ドアを開けると、そこにはテレビでお馴染みの坂上忍さんの姿があった。番組の編成変更で『バイキング』が終了し、新たな拠点として『坂上動物王国』に情熱を注いでいた彼だが、どこか肩の力が抜けたような、少し切実な表情をしていた。
「いやあ、秋生くん。君のところの猫、すごいね。うちの王国でもぜひスカウトしたくてさ。どっちか、うちの施設に来てくれないかな」
坂上さんは、猫たちのタレント性を高く買っているようだった。けれど、それは僕にとって青天の霹靂だった。この子たちは僕の家族であり、物語の共演者でもある。
僕が躊躇していると、事情を察したのか、あるいは「自分の縄張りを奪われる」と直感したのか、二匹の空気が一変した。
「グルルル……!」
でっかい猫が、今まで聞いたこともないような低い咆哮を上げた。いつもののんびりした姿はどこへやら、彼は坂上さんの足元へ猛然と突進した。坂上さんが思わず後ずさると、今度はチビ猫が飛んだ。
「シャァアアアッ!!」
チビ猫は、まるで小さな猛獣のように坂上さんのズボンの裾に爪を立て、徹底抗戦の構えを見せた。二匹の怒気は、これまで僕に向けられたものとは次元が違っていた。明らかに「この人は、僕たちの居場所を奪いに来た」と理解しているのだ。
「うわっ、ちょっと待て! 待てって!」
百戦錬磨の坂上さんも、この二匹の連係プレーと鬼気迫る形相にはタジタジだ。
その時、スマホの着信音が鳴った。オンラインでこの様子をずっと見ていた佐藤と上松だ。
「秋生! 今の映像、速攻で配信しろ! 『坂上忍 vs 我が家の猛獣たち』ってタイトルで!」
佐藤が叫ぶ。僕は慌ててスマホを向けた。坂上さんが猫たちに追い回され、玄関先で右往左往する姿。それは皮肉にも、かつての『バイキング』の勢いを彷彿とさせるような、壮絶かつ滑稽なドタバタ劇だった。
「勘弁してくれよ! 仲間にしようと思っただけなのに!」
坂上さんが苦笑いしながらソファに逃げ込むと、二匹は僕を守るように前足でバリアを作り、こちらをじっと見つめていた。
「坂上さん……見ての通りです。この子たちは、ここから動くつもりはないみたいですよ」
僕は、怒りで毛を逆立てながらも、どこか誇らしげな二匹の頭をそっと撫でた。坂上さんは、その様子をしばらく眺めた後、大きくため息をついてから、パッと明るい笑顔を見せた。
「……負けたよ。この絆、俺の番組じゃ撮れないな」
その瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。坂上さんは無理に連れて行くことを諦め、代わりに猫たちのために持ってきた最高級のおやつを置いてくれた。
「今度は、カメラなしで遊びに来るよ。……いい仲間を持ったな、秋生くん」
去っていく坂上さんの背中を見送りながら、僕は思った。このパンデミックという閉ざされた世界で、僕たちの日常は、有名人さえも巻き込むほどの物語の渦になっていた。
そしてその一部始終は、またしてもネットを通じて日本中に拡散され、僕たちの「猫たちの王国」の伝説をより強固なものにしていったのだった。