しゃべる人形

パンデミック下の桜坂高校では、従来の教室の概念が消え去り、僕たちはそれぞれの日常の中に「学び」を見出していた。
国語の授業は、汐見先生や木家先生が推奨する携帯小説を読み、そこに自分なりの深い考察や感想をコメント欄へ投稿すれば出席扱いとなった。僕たちは画面の向こう側の言葉に共鳴し、それを通じて互いの孤独を癒やし合っていた。上松の社会科は、その時々の世界情勢について彼と電話で議論を交わすだけで単位が認められ、佐藤部長の理科に至っては、自宅で飼っているペットの世話を通じた観察日記をメールで送るという、命と向き合う極めて実学的なものだった。
そんなある日、僕は佐藤への提出課題を兼ねて、一本の動画を撮影しようと思い立った。我が家の、体が小さくて気の強いチビ猫と、のんびりとした性格のでっかい猫。その二匹の仲をなんとか取り持とうと、間に入って様子を見ていた時のことだ。
案の定というか、チビ猫は僕の介入を「余計な手出し」と受け取ったらしい。鋭い眼光を向けたかと思うと、次の瞬間には「シャァーッ!」という威嚇音とともに、僕の手の甲を鮮やかに引っかいた。
「うわっ、痛った……!」
猫の怒りに満ちた鳴き声と、僕の情けない悲鳴。その一部始終を記録した動画を、僕は軽い気持ちで佐藤の携帯へ送信した。佐藤がそれをSNSでシェアしたのか、あるいはクラスのグループLINEで拡散されたのか。気づけばその動画は瞬く間に学内を超え、ネットの海へと流出していた。
画面越しに猫の気迫と僕のドタバタが伝わったのか、動画は「猫の反抗期と、それを宥めようとする飼い主の哀愁」として大反響を呼んだのだ。
『これ、桜坂のあいつじゃないか?』
『猫にすら翻弄される秋生の日常、シュールすぎるだろ』
翌日のオンラインホームルームでは、佐藤が笑いを堪えながら僕をからかった。
「秋生、お前の動画、昨日の視聴回数がエグいことになってるぞ。科学的観察日記として評価してやるけど、お前、今度から手袋して実験しろよ」
汐見先生からも「猫ちゃん、よほど秋生くんの考えが気に入らなかったのね」とメッセージが届く。僕の失敗は、パンデミックという停滞した時間の中で、みんなを笑顔にする小さな奇跡になった。
僕たちはバラバラの場所にいたけれど、こうして誰かの日常を共有し、笑い合うことで、確かに繋がっていた。猫に引っかかれた傷跡を見ながら、僕はまたスマートフォンを手に取る。次に届くのは、あかりの新しい小説の通知か、それとも誰かからの励ましの電話か。僕たちの学園生活は、画面の向こう側で、より鮮やかに色づき始めていた。