しゃべる人形

僕が書く物語のページをめくるたび、失われたはずの景色が立ち上がる。
寮の裏山を吹き抜ける風の音、かつて一緒に猫を抱きしめた自転車小屋の湿り気、そして、先生と交わしたあの夜の他愛のない会話。それらはすべて、社会の片隅で忘れ去られようとしていた「かけがえのない記憶」だ。
世間は効率を求め、僕たちのような存在をノイズとして処理しようとする。だが、僕は声を大にして言いたい。この世に不要な命などない。どれほど不器用であっても、誰かを想い、泣き、笑い、痛みを分け合って生きる。その泥臭い営みこそが、人間であることの証であり、社会を支える最後の砦なのだと。
だからこそ、物語は終わらせない。
京都アニメーションの悲劇によって中断させられた彼らの物語の続きを、僕が僕の言葉で紡ぎ続ける。それは死者への弔いであり、同時に、今もどこかで孤独に震えている誰かへの手紙でもある。
ペンを走らせる僕の手は、もはや震えていない。かつて、テントの中でお化けに怯えていた小さな少年の僕が、今の僕を支えているからだ。あの夜、自分が自分を守れなかった悔しさが、今の僕を「物語を守る戦士」に変えた。
僕の小説は、完成しなくていい。完璧である必要もない。ただ、この冷え切ったデジタル社会の隙間に、かすかな体温を灯し続けられればそれでいい。
今日という一日が終わろうとしている。窓の外には、僕がかつて寮で眺めたものと同じ、湿った夜の帳が降りている。僕はキーボードを叩き、物語の中に新しいページを開く。そこには、あの日の先生が微笑み、友のY君が笑い、そして、奪われた命たちが、今も幸せに物語を紡ぎ続けている世界がある。
この物語が、いつか誰かの心の「聖域」となることを願って。僕は今日も、夜を味方につけてペンを走らせる。