しゃべる人形

朝のグランドには、柔道着の擦れる音と、**正男**の情けない泣き声が響いていた。正志に鮮やかに投げ飛ばされ、泥にまみれた**正男**を横目に、僕たち四人は死んだような顔で校門をくぐった。
一晩中、喫茶店で夜を明かした事実は、案の定学校へと伝わっていた。親たちが何と言おうと、僕にとって家は、猫と犬しかいない静かな場所でしかない。けれど、福本理子ちゃんにとっては違った。
「あんたたち! 喫茶店で何やってたのよ!」
理子ちゃんの叫び声が、朝の静寂を切り裂いた。文化祭の劇の練習を放り出し、夜通し遊び歩いた僕たちへの怒りは、彼女の小さな身体には収まりきらないほど爆発していた。
「劇はどうすんのよ! みんなで一生懸命練習してるのに、主役のあんたたちがこれじゃ、何のためにやってるかわかんないじゃない!」
理子ちゃんが、近くにあったノートを僕たちに向けて投げつけた。その動きは荒々しく、けれど彼女の目からは、純粋な苛立ちと、僕たちに対する隠しきれない心配が涙となって溢れ出していた。
「……ごめん」
僕が小さく呟くと、正志が気まずそうに頭を下げ、あかりもまた、僕の後ろで申し訳なさそうに視線を落とす。
「もう……! 今度そんなことしたら、もう知らないから! 正志だって、あんたたちとは縁切るからね!」
理子ちゃんは、またしても感情を爆発させてチョークを掴み、壁に投げつけた。カツン、と乾いた音が教室に響く。彼女の泣き声は子供のように高く、痛々しい。杏奈が慌てて理子ちゃんの元へ駆け寄り、その肩を抱きかかえる。
そこに、教室の扉が勢いよく開いた。現れたのは上松だ。その眼差しは、僕たちの怠惰を許さない厳しい色を帯びていた。
「おい、秋生。いい加減にしろよ」
上松の声は静かだが、腹の底に響くような重みがあった。
「お前ら、自分が何やってるかわかってんのか。楽しいか? そんなふうに傷つけ合って、夜を明かして、何でもない顔して学校に来て。お前らには守るべきものがないのかよ。京アニの事件で何を感じたんだ。命の重さを語るなら、まず自分の時間を大切にしろ!」
上松の説教は、理子ちゃんの怒りとは違う種類の、僕の核心を突く鋭さを持っていた。僕は反論できなかった。昨夜、喫茶店で僕たちが分かち合った温もりは、現実から逃避するための甘い蜜でしかなかったのではないか。
教室の中は、理子ちゃんのすすり泣きと、上松の冷徹な正論、そして僕たちの沈黙で満たされた。
「……ただ、みんなと離れるのが怖かっただけなんだ」
誰にも聞こえないような声で、僕はそう呟いた。
あかりが僕の袖をギュッと握り締める。彼女の体温だけが、この冷たい説教の中で、僕を繋ぎ止めていた。
上松は深く溜息をつくと、僕たちの前へ歩み寄った。その顔には、怒りだけではなく、どうしようもない諦めと、期待が混ざり合っているように見えた。
「劇の練習を始めるぞ。泣き止んだら、全員グランドに来い。……二度と、あんなふうに自分を投げ出すな」
理子ちゃんは杏奈の腕の中でまだ肩を震わせている。僕は、地面に落ちたチョークの粉をじっと見つめた。僕たちの「絆」という名の聖域は、こうして現実の冷たい風に晒され、ひび割れ始めている。けれど、僕はこの不器用な日常を、まだ終わらせるつもりはなかった。