しゃべる人形

喫茶店の照明が、夜の帳が降りるにつれてより一層、僕たちの避難所としての輝きを増していく。
「ねえねえ、聞いてよ! さっき駅の改札でね、秋生君が大泣きしたの!」
あかりが、さっきの僕の無様な姿を面白おかしく、でもどこか誇らしげに暴露し始めた。あかりのジャンプするような動作の一つひとつが、僕の羞恥心を刺激し、それ以上に僕の心を愛おしさで満たしていく。
「ちょっとあかり、そんなこと言わないでくれよ……恥ずかしいだろ」
僕が顔を覆って抗議しても、遥と杏奈は「まあまあ、秋生君もまだまだ子供だね」と声を揃えて笑う。彼女たちの軽やかな嘲笑は、僕を傷つけるための刃ではない。僕たちの不器用な関係性を肯定するための、心地よい音楽のようなものだ。
結局、僕たちはどこへも帰る気にはなれなかった。外の世界は、排除と効率の論理で動く冷たい現実が待っている。けれど、この夜通し営業の喫茶店の中だけは、僕たちの時間が凍結されていた。
テーブルの上に散らばる学校の教科書やノート。僕はあかりの隣で、彼女の不器用な字を覗き込みながら宿題のペンを走らせる。時にはあかりが退屈して、また口の中を見せてくる。僕はそれに反応して、彼女の汚れを拭い、また指を舐める。そんな一見すれば異常極まりない繰り返しが、今の僕には何よりも人間らしく、幸福な営みに思えた。
「秋生君、またあかりの口見てる」
杏奈がペン先で僕を指して笑う。夜が深まるにつれ、僕たちの会話はより個人的で、より深い場所へ潜り込んでいった。
死刑執行の冷たいシステムの話も、誰かを殺したいほどの怒りも、あかりの鼻水がついた食べ物も、僕たちの抱える孤独も。すべてをこの喫茶店の片隅に広げ、私たちは夜を食いつぶしていく。朝が来れば、このまま制服を着て、直接学校へ向かうのだ。
「大人になるって、もっと冷たいものだと思ってた」
ふと、遥が呟いた。
「でも、こうやって馬鹿みたいに笑って、互いの汚いところを見せ合って朝を迎える。これが意外と、一番まともな生き方なのかもね」
窓の外では、少しずつ空が白み始めている。現実の冷たい風が、また僕たちを追いかけようとしているのがわかる。けれど、僕の隣にはあかりがいる。彼女の笑い声と、彼女の吐息の匂いがある。
どれほど世間が僕たちを「変態」と呼び、僕の愛を「異常」だと切り捨てようとも、この朝焼けが証明している。僕たちが泥の中で見つけたこの絆だけが、本当の「明日」を連れてくるのだ。
僕はあかりの少し汚れた袖を握りしめ、ノートを閉じた。
失われた命たちも、かつてはこんなふうに、馬鹿な話をして笑い転げていたはずだ。それを思うと、少しだけ胸が軽くなる。
「行こうか、みんな」
喫茶店の重い扉を押し開けると、冷えた朝の空気が僕たちの頬を撫でた。あかりは満足げに背伸びをして、僕の手を引く。物語の続きは、またこの不器用な日常の中で、僕たち自身の手で綴られていく。