### 執行の果てに、僕が書く理由
今の子供たちが抱く警察へのイメージは、テレビドラマの中の華やかな姿に過ぎない。バイクを操り、パトカーを走らせ、正義を振りかざす彼らの姿は、あくまでも画面の中の虚像だ。しかし、本物の現場はそんなに優しくない。特に、死刑という名の究極の判断を背負う者たちの世界は、想像を絶する孤独と重圧に支配されている。
死刑囚が過ごす拘置所の地下、光の届かない独房。勤務中、彼らは闇の中に沈み、人間としての感情を削ぎ落としてシステムの一部と化す。死刑の執行は、予告もなくやってくる。
ある朝、鉄の扉が無機質な音を立てて開く。「〇〇番」と番号で呼ばれ、執行官に囲まれるその瞬間、死刑囚の時間は強制的に停止する。彼らが奪った命の重さを、いま、彼ら自身の命で精算する時が来る。
足が動かなくなった死刑囚を、執行官は容赦なく引きずる。抵抗の叫びや、本能的な絶叫。それらは地下の冷たい壁に吸い込まれ、誰にも届くことはない。執行が終われば、遺族へは事後の電話一本で知らされるだけだ。安置所に横たわるのは、かつて人間だったはずの冷たい肉の塊。そこにドラマはなく、ただ「終わり」という事実だけが重く横たわる。
僕は、その絶叫を聞きたいとさえ思うことがある。理不尽に命を奪われた人々の痛みを考えれば、犯人が味わうその恐怖こそが、せめてもの正義だと感じるからだ。正直に言えば、僕の中には、そんな極悪非道な連中を自らの手で裁きたいという暗い衝動さえ渦巻いている。この世のあまりの理不尽さに、肌が粟立つような怒りを覚えるからだ。
だが、僕は死刑執行官にはなれない。だからこそ、僕は小説を書く。
あの忌まわしい事件で失われた京都アニメーションの才能たちが、もし今も生きていたら、どんなに豊かな物語を世界に届けていただろう。僕たちは、彼らが描き残せなかったはずの未来を、死刑という物理的な結末だけで納得してはいけないのだ。
僕たちがかつて寮の夜を分かち合い、泥だらけになって「生きるための体温」を確かめ合ったように、失われた命の重みを物語の中に焼き付けたい。墓の前で仲間たちと泣き崩れたあの日の涙も、僕の怒りも、すべてを言葉に変える。
僕は、この冷え切った社会の常識を、物語という聖域で打ち砕く。誰かの命を奪うことの取り返しのつかなさを、そして、誰かを想い、痛みを分け合うことのかけがえのなさを。
正義とは、法廷の判決文だけにあるのではない。誰かが誰かのために流した涙の中に、そして、失われた命の続きを書き綴ろうとする僕たちの執念の中にこそ、真の正義はあるのだと信じて、僕は今日もペンを握る。
今の子供たちが抱く警察へのイメージは、テレビドラマの中の華やかな姿に過ぎない。バイクを操り、パトカーを走らせ、正義を振りかざす彼らの姿は、あくまでも画面の中の虚像だ。しかし、本物の現場はそんなに優しくない。特に、死刑という名の究極の判断を背負う者たちの世界は、想像を絶する孤独と重圧に支配されている。
死刑囚が過ごす拘置所の地下、光の届かない独房。勤務中、彼らは闇の中に沈み、人間としての感情を削ぎ落としてシステムの一部と化す。死刑の執行は、予告もなくやってくる。
ある朝、鉄の扉が無機質な音を立てて開く。「〇〇番」と番号で呼ばれ、執行官に囲まれるその瞬間、死刑囚の時間は強制的に停止する。彼らが奪った命の重さを、いま、彼ら自身の命で精算する時が来る。
足が動かなくなった死刑囚を、執行官は容赦なく引きずる。抵抗の叫びや、本能的な絶叫。それらは地下の冷たい壁に吸い込まれ、誰にも届くことはない。執行が終われば、遺族へは事後の電話一本で知らされるだけだ。安置所に横たわるのは、かつて人間だったはずの冷たい肉の塊。そこにドラマはなく、ただ「終わり」という事実だけが重く横たわる。
僕は、その絶叫を聞きたいとさえ思うことがある。理不尽に命を奪われた人々の痛みを考えれば、犯人が味わうその恐怖こそが、せめてもの正義だと感じるからだ。正直に言えば、僕の中には、そんな極悪非道な連中を自らの手で裁きたいという暗い衝動さえ渦巻いている。この世のあまりの理不尽さに、肌が粟立つような怒りを覚えるからだ。
だが、僕は死刑執行官にはなれない。だからこそ、僕は小説を書く。
あの忌まわしい事件で失われた京都アニメーションの才能たちが、もし今も生きていたら、どんなに豊かな物語を世界に届けていただろう。僕たちは、彼らが描き残せなかったはずの未来を、死刑という物理的な結末だけで納得してはいけないのだ。
僕たちがかつて寮の夜を分かち合い、泥だらけになって「生きるための体温」を確かめ合ったように、失われた命の重みを物語の中に焼き付けたい。墓の前で仲間たちと泣き崩れたあの日の涙も、僕の怒りも、すべてを言葉に変える。
僕は、この冷え切った社会の常識を、物語という聖域で打ち砕く。誰かの命を奪うことの取り返しのつかなさを、そして、誰かを想い、痛みを分け合うことのかけがえのなさを。
正義とは、法廷の判決文だけにあるのではない。誰かが誰かのために流した涙の中に、そして、失われた命の続きを書き綴ろうとする僕たちの執念の中にこそ、真の正義はあるのだと信じて、僕は今日もペンを握る。

