裁判所の冷たい廊下を歩く僕の足音は、地下道のあの機械的な駆動音と重なって聞こえた。死刑判決。法廷で響いたその言葉は、確かに「正義」が執行された形を示していた。しかし、僕の胸に去来するのは、到底納得などできない深い濁りだった。
あの日、僕たちは遺族席の端に座り、ただ俯いていた。
「申し訳ありませんでした」
心の中で、僕は何度そう繰り返しただろう。僕がやったわけじゃない。けれど、同じ「物語」を愛し、同じように文字を紡ごうとした一人の人間として、彼が抱えた歪んだ自尊心と嫉妬が、他人事とは思えなかった。
彼が京都の街で火を放ち、ヘリコプターで運ばれたあの時、僕はニュースを見ながら、自分自身もまた燃やされているような錯覚に陥ったのだ。僕たちの地下回廊を焼き払ったあのエンジニアと、彼が何ら変わりない存在であることに気づいてしまったからだ。
「あきお、顔色が悪いぞ」
正志が僕の肩に手を置く。彼の声も少し震えている。彼もまた、あの地下の惨状と、法廷で淡々と罪を語る男の姿を重ねているのだろう。
謝罪なんて、何の役にも立たない。命を奪われた者たちや、彼らが紡ごうとしていた無数の物語が、どれほどの苦しみと共に消えたのか。僕が謝ることで、自分の中の「加害者性」を拭い去ろうとしているのなら、それこそが何よりも醜い行為だった。
法廷から外に出ると、5月の風がやけに冷たかった。空を見上げると、ヘリコプターの音が遠くで鳴っている。あの日、彼を運んだあの音だ。
「納得できないよな」
正志が空を見つめたまま言った。
「あいつが死んだって、あの地下道で消えた物語も、京アニで失われたものも、何も戻ってこない。それどころか、俺たちは今、自分たちの手で物語を『選別』して、他のやつを殺そうとしている……あいつと同じことをやってるんじゃないか?」
その言葉は、鋭い刃物のように僕の胸に突き刺さった。
僕たちは莉子ちゃんを守るために、彼女の作品以外を淘汰するシステムに手を貸した。便利だと思っていた地下のネットワーク、莉子ちゃんの声、その全てが、あいつの悪意を増幅させる土壌になっていたのだ。
帰り道、僕たちは市原の静かな山道を歩いた。調整区域として守られた自然は、何も知らずにただ春を謳歌している。僕は足元の土を踏みしめた。この下には、5年かけて掘った地下道があり、そこには無数の「不合格」と烙印を押された物語の残骸が眠っている。
謝っても済まない。でも、引き返すこともできない。
僕はポケットの中で、あの時、管理室から抜き取った「破壊されたルーターの破片」を握りしめた。その感触は、まだ熱を帯びているように感じた。
この先、僕たちはどうやってこの物語を完結させればいいんだろう。莉子ちゃんというヒロインの影で、僕たちはいつの間にか、自分たちの手で「物語」を裁く裁判官に成り下がっていたのかもしれない。
「帰ろう、地下へ。まだ終わらせちゃいないんだ」
僕たちはもう一度、あの地下の入り口へと向かった。納得できない気持ちを抱えたまま、この狂った物語の結末を見届けるために。
あの日、僕たちは遺族席の端に座り、ただ俯いていた。
「申し訳ありませんでした」
心の中で、僕は何度そう繰り返しただろう。僕がやったわけじゃない。けれど、同じ「物語」を愛し、同じように文字を紡ごうとした一人の人間として、彼が抱えた歪んだ自尊心と嫉妬が、他人事とは思えなかった。
彼が京都の街で火を放ち、ヘリコプターで運ばれたあの時、僕はニュースを見ながら、自分自身もまた燃やされているような錯覚に陥ったのだ。僕たちの地下回廊を焼き払ったあのエンジニアと、彼が何ら変わりない存在であることに気づいてしまったからだ。
「あきお、顔色が悪いぞ」
正志が僕の肩に手を置く。彼の声も少し震えている。彼もまた、あの地下の惨状と、法廷で淡々と罪を語る男の姿を重ねているのだろう。
謝罪なんて、何の役にも立たない。命を奪われた者たちや、彼らが紡ごうとしていた無数の物語が、どれほどの苦しみと共に消えたのか。僕が謝ることで、自分の中の「加害者性」を拭い去ろうとしているのなら、それこそが何よりも醜い行為だった。
法廷から外に出ると、5月の風がやけに冷たかった。空を見上げると、ヘリコプターの音が遠くで鳴っている。あの日、彼を運んだあの音だ。
「納得できないよな」
正志が空を見つめたまま言った。
「あいつが死んだって、あの地下道で消えた物語も、京アニで失われたものも、何も戻ってこない。それどころか、俺たちは今、自分たちの手で物語を『選別』して、他のやつを殺そうとしている……あいつと同じことをやってるんじゃないか?」
その言葉は、鋭い刃物のように僕の胸に突き刺さった。
僕たちは莉子ちゃんを守るために、彼女の作品以外を淘汰するシステムに手を貸した。便利だと思っていた地下のネットワーク、莉子ちゃんの声、その全てが、あいつの悪意を増幅させる土壌になっていたのだ。
帰り道、僕たちは市原の静かな山道を歩いた。調整区域として守られた自然は、何も知らずにただ春を謳歌している。僕は足元の土を踏みしめた。この下には、5年かけて掘った地下道があり、そこには無数の「不合格」と烙印を押された物語の残骸が眠っている。
謝っても済まない。でも、引き返すこともできない。
僕はポケットの中で、あの時、管理室から抜き取った「破壊されたルーターの破片」を握りしめた。その感触は、まだ熱を帯びているように感じた。
この先、僕たちはどうやってこの物語を完結させればいいんだろう。莉子ちゃんというヒロインの影で、僕たちはいつの間にか、自分たちの手で「物語」を裁く裁判官に成り下がっていたのかもしれない。
「帰ろう、地下へ。まだ終わらせちゃいないんだ」
僕たちはもう一度、あの地下の入り口へと向かった。納得できない気持ちを抱えたまま、この狂った物語の結末を見届けるために。

