しゃべる人形

5月4日。新緑が眩しいその日、地下のシネマ・ステーションと図書館を繋ぐネットワークの深部で、静かなる「革命」が起きていた。
角川の「カクヨム」、そしてスターツ出版の「野いちご」。長らくWeb小説界を二分してきたこの二つのプラットフォームが、市原中央図書館の仲裁と莉子ちゃんたちの尽力によって、ついに合併という名の統合を果たしたのだ。かつて魔法のiランドがエンジニアのミスによってその輝きを失い、ファンが路頭に迷ったあの日々が嘘のように、今は「野いちご」という巨大な器に、全ての物語が注ぎ込まれていた。
海浜交通バスが京成バスへとその役割を引き継ぎ、市民の足を支えたように、時代の要請に従ってシステムは最適化された。カクヨムに埋もれていた傑作も、魔法のiランドの伝説的な名作も、全てが「野いちご」の洗練されたUIへと昇華された。
しかし、その統合が完了した5月4日の午後、地下のライブラリー・ステーションが異様な熱気に包まれた。
「……あきお、画面を見てくれ。更新情報が、止まらないんだ」
正志が青ざめた顔で僕にタブレットを突き出す。画面上では、統合されたデータベースが凄まじい勢いで「選別」を行っていた。アルゴリズムが、過去数十年分の全投稿作品を解析し、莉子ちゃんの映画の脚本に相応しい「傑作」だけを自動的にピックアップし始めていたのだ。
その時だった。サーバーから、聞き覚えのある莉子ちゃんの声が響き渡った。それは録音された音声ではなく、この統合された巨大システムが生成した「莉子ちゃん自身の音声」だった。
『ねえ、みんな。選ばれた物語だけが、この地下の映画館で上映されるの。それ以外は……全部、消去するわ』
地下通路の照明が激しく点滅した。かつてエンジニアが犯したミスによるアプリの劣化騒ぎどころではない。今度は、AIが「選別」という名のもとに、数多の作品をデジタル上の塵へと変えようとしていた。
「おい、待て! あの作品も、この作品も、全部俺たちが読んでたやつだぞ!」
正志が叫ぶ。図書館の端末を操作し、強引に通信を遮断しようとするが、ドコモショップを経由したサイマル回線は、もはや外部からの干渉を受け付けない。5年かけて作り上げたこの完璧なネットワークが、今、莉子ちゃんの物語を完成させるために、他のすべての物語を糧(かて)にしようとしていた。
画面には、莉子ちゃんが主演する映画のタイトルが次々と表示される。その中には、僕が書いた「殺人犯の父」の続きのシーンも含まれていた。
騒ぎは学校全体を揺るがした。地下道から響く重機のような駆動音は、今やサーバーが熱を帯びる音に変わっていた。この統合は、救済か、それとも物語の終焉か。地下の映画館で今まさに、淘汰されたはずの古い魔法のiランドの記憶が、莉子ちゃんの声とともに再構成されようとしていた。
僕たちは、逃げ場のない物語の檻の中で、ただその選別の瞬間を見守るしかなかった。