しゃべる人形

地下道は、当初の予定を遥かに超えて、市原中央図書館のさらに奥、街で唯一の映画館の裏口へと繋がった。山を貫く3年の苦闘に加え、映画館の複雑な構造体に接続するための追加工事にさらに2年。合計5年という歳月をかけて、この巨大な地下回廊は完成した。
工事が終わり、地下道に電気が灯った日、そこは特別な空間へと変貌した。コンクリートの壁面にこだまするのは、莉子ちゃんの声だ。彼女は劇のセリフを練習したり、携帯小説の朗読を吹き込んだりしていたのだが、その声が地下の静寂に反響すると、まるで魔法のような響きを帯びた。
「……ねえ、正志。ここの響き、素敵じゃない?」
莉子ちゃんのその何とも言えない、甘く透き通った声が地下室を満たすたびに、隣にいる正志は目に見えて動揺していた。彼は毎回、喉を鳴らし、耳まで真っ赤にして呼吸を乱す。莉子ちゃんの声の波長が、彼の中にある衝動を刺激しているようだった。
不思議なことに、この地下通路ができてから、学校の空気は一変した。
これまで授業中にはあくびを噛み殺し、教科書を枕代わりにしていた連中が、まるで別人のように目の色を変えて学び始めたのだ。莉子ちゃんが用意した映画と、中央図書館の膨大な知識へのアクセスが、僕たちの知的好奇心に火をつけたのかもしれない。あるいは、地下道という「秘密の動脈」が、学校という場所に新しい血を循環させていたのか。
「今日、図書館で借りた資料、あの映画の解釈に使えるかもしれないぜ」
正志はそう言って、以前では考えられないほど熱心にノートを広げている。教室の空気には、微かな焦燥感と、それ以上に濃い知的な興奮が満ちていた。みんなが莉子ちゃんの声の余韻を追いかけ、地下道で映画の断片を拾い集める。
僕もまた、殺人犯の父親という重い役を、図書館の資料を読み漁ることで補強していた。地下道を通って映画館へ抜け、最新の映像をインプットし、また地下道を通って学校へ戻る。その往復の中で、僕たちの脳は急速に研ぎ澄まされていった。
地下室の奥、莉子ちゃんが一人で台本を読んでいる声が聞こえる。その声が響くたび、正志がまた、言いようのない興奮に震えて足を止める。僕たちはもう、ただの高校生ではいられない。この地下道で繋がった「莉子ちゃんの世界」が、僕たちの現実そのものを書き換えようとしていた。