しゃべる人形

NHKホールの興奮がまだ冷めやらぬまま、僕たちは生田絵梨花さんと一緒に渋谷駅まで戻ることになった。夢のような偶然に、みんなの心は跳ねていた。
駅までの道のりは、あっという間だった。いざ別れの時が来ると、一人ひとりが名残惜しさに足を止めた。
「本当に、頑張ったね」
そう言って一人ずつと握手をしてくれる彼女の手は、驚くほど温かかった。僕たちは勇気を出してサインをねだり、宝物のような一枚を手に入れることができた。彼女が去った後も、その場所にはまだ彼女の気配が残っているような気がした。
僕たちはそのまま駅の近くのCDショップへと吸い込まれた。
「さっきのサイン、家宝にするよ……」
誰かがそう言ったのを皮切りに、僕たちは迷わず棚へ駆け寄り、生田絵梨花ちゃんのCDを手に取った。中には「握手券」が入っていると聞けば、みんな我を忘れた。
「一枚じゃ足りないかも……!」
「俺も、もう一枚……!」
気づけば、財布の中身も預金も気にせず、みんなが買いすぎてしまうほどにのめり込んでいた。あかりも、正志も、あんなも遥も。さっきまで合唱コンクールの優勝という「努力の証」を噛み締めていたはずなのに、今度は推しへの愛という別の熱に浮かされていた。
結局、僕たちのポケットは空っぽになった。あんなに頑張って掴んだ優勝の余韻よりも、手の中に積み上がったCDの山の方が、今は何よりも輝いて見えた。
駅のホームに向かう足取りは、CDを抱え込んだ重みで少しふらついている。
「やっちゃったな、これ……」
誰かが苦笑いしたが、誰も後悔はしていなかった。
「努力した結果がこれかよ」と笑い合う僕たちのバッグは、CDでパンパンに膨らんでいる。夢中になれるものを見つけたときのあの高揚感。親父のブルドーザーの音とも、合唱のハーモニーとも違う、刹那的だけど確かな幸福感がそこにはあった。
僕たちは、空っぽになった財布を気にしながらも、生田絵梨花ちゃんの歌声が詰まったCDを抱きしめて、帰路についた。お金はなくなったけれど、帰りの電車の中でCDの歌詞カードを眺めながら、みんなでまた合唱曲を口ずさんでいた。今日の僕らは、確かに何かに夢中になれる、最高に自由な高校生だった。