しゃべる人形

ブルドーザーのガタガタという振動は、やがて僕たちの日常の「鼓動」へと変わっていった。
教室で笑い転げたあの日から、僕たちの世界は少しだけ形を変えた。スマホの画面の中にあるデジタルなつながりと、父さんのブルドーザーが削り出す土の匂い。その二つの世界を行き来するうちに、僕たちは気づき始めていた。大人たちが言う「正解」なんてものは、どこにもないということに。
「ねえ、大人になるとみんな、答え合わせをするのかな」
あかりがふと、ブルドーザーの排気音の中でそう言った。彼女の母親が専業主婦として家庭を守り、父さんが学校という場所で僕たちの成長を見守る。その背中を見つめながら、僕たちは自分たちが何者になるべきかを考えさせられる。
正志はといえば、柔道の畳の上で投げ飛ばされるたびに、勝つことだけが全てじゃないと知ったようだ。彼は最近、自分の父のような公務員を目指すのではなく、もっと自由に、理不尽をぶっ飛ばせる強さを模索している。
僕自身、親父の自慢話をYouTubeに投稿し、再生回数に一喜一憂する中で、確信したことがある。
親父が浜野駅に快速を止めようと、船道駅……いや、フラミジアA席駅を建設しようと、それは彼なりの「正解」を必死に積み上げているだけなのだ。その滑稽さや騒音すらも、人生という名の物語の一部であるならば、それを切り取って笑い飛ばす僕のやり方も、一つの「答え」になるはずだ。
「正解なんて、自分で書き換えていけばいいんだよ」
僕はノートを開き、また新しい物語を書き始めた。それはスマホのメモ帳ではなく、手書きの文字で刻む、僕とあかり、そして正志たちの足跡。
あかりは今、夢中になって「チンポムラ」という名前の店が街にできる未来を想像し、それが誰かを救う場所になるのか、それともただの騒音になるのかを考え込んでいる。彼女の純粋な問いかけは、時に僕を動揺させるけれど、その揺れこそが心地よい。
この街の騒音も、親父の自慢話も、僕が壊してしまったテレビのノイズも、すべては「正解のない問題」を解くためのヒントに過ぎない。
ブルドーザーから降りた僕たちは、今、夕暮れに染まる校庭に立っている。
明日、また新しい課題が出されるかもしれない。でも、僕たちはもう、誰かが用意した模範解答を探すようなことはしない。
「帰ろう。僕たちの物語の続きを、またあかりと二人で書くんだ」
僕はスマホをポケットにしまい、ペンを握り直す。夕闇が迫るフラミジアA席駅の建設地を遠目に、僕たちは自分だけの地図を描き始めた。正解なんてない。だからこそ、僕たちはどこへだって行けるのだ。