しゃべる人形

テレビの液晶が粉砕され、火花が散った床の上で、正志は座り込みながら頭を抱えていた。
「ああ、くそ……! サバカン宇宙のロケが見られなくなっちまったじゃねえか! ちくしょう、なんてことを……!」
正志は自分の怒りの制御ができず、物理的な破壊という結果を招いたことに激しく後悔していた。柔道でどんなに強い相手を投げ飛ばしても、こんな風に後先考えず暴れる姿を見たのは初めてだ。僕は慌てて駆けつけ、その一部始終を聞いた。彼女に起きたあまりにも惨い仕打ち。それを聞かされた瞬間、僕の中の怒りも正志と同じように燃え上がった。
「テレビを壊したのは確かに自業自得だけどさ……でも、その彼女のこと、本当に可哀想だよな。そんな卑怯なやり方で傷つけられるなんて、許されるはずがない」
僕の言葉を聞いた正志の肩が、激しく震え始めた。今まで柔道の厳しい稽古でも、どんなに追い込まれても、彼は一度も涙を見せたことがなかった。その強固なはずの男が、彼女の受けた痛みと、自分の無力さへの憤りで、声を上げて泣き始めたのだ。
それは「男泣き」という言葉では足りないほど、まるで遠くでサイレンが鳴り響いているかのような、切実で巨大な慟哭だった。あまりの鳴き声に、隣の家の住人が驚いて戸口から顔を出すほどだった。
僕は泣き崩れる正志の背中に手を置き、落ち着かせるために静かに声をかけた。
「正志、落ち着け。テレビが壊れても、今はまだ見られる方法があるんだ」
正志は真っ赤に腫らした目を僕に向けた。僕はスマホを取り出し、TVerのアプリを立ち上げて画面を見せた。
「ほら、これだよ。スマホがあれば、今の番組だって、見逃した配信だって、どこからでも見られる。テレビがなくても、何にも困らないんだ」
正志はその画面を信じられないものを見るように見つめた。デジタルを嫌い、アナログな方法に固執していた彼にとって、スマホがそんな風に「逃げ場」や「希望」を繋いでくれる道具だとは想像もしていなかったのだろう。
「これで……本当に、彼女の見ていたものが見られるのか?」
「ああ、そうだよ。これからはテレビ局に振り回されなくてもいい。俺たちが、自分の意志で見たいものを選べばいいんだ」
正志はスマホを握りしめ、嗚咽を漏らしながらも、ゆっくりと深く頷いた。隣家の住人も、彼が暴れていたわけではなく、ただ理不尽な事実に涙しているのだと察して、そっとドアを閉めた。
夜の静寂の中に、正志の鼻をすする音と、スマホの小さな画面から流れる光だけが残っていた。僕は彼の隣に座り、正志がこれからテレビという古い檻から完全に解き放たれるのを見守っていた。