しゃべる人形

彼女が語ったその夜の出来事は、あまりに酷く、正志の胸を激しい怒りで焼き尽くした。
「ロケの後の食事会までは、他の人たちもいて……普通だったの。でも、二次会に行くぞって言われて、居酒屋だと思ってついて行ったら……」
彼女の震える声に、正志は言葉を失った。そこは居酒屋ではなく、逃げ場のないホテルの部屋だった。彼女が受けた悪夢のような仕打ち。酒が飲めるからという理由で連れ出され、信頼していたはずの相手に人生を蹂躙されたその事実に、正志の柔道着の下の筋肉が怒りで硬直する。
「……そいつの名前は?」
正志が低く問いかけると、彼女は震えながらも、ある男性アナウンサーの名を口にした。それは、多くの視聴者が知る、フジテレビの夕方のニュース番組の顔だった。
正志はすぐに行動を起こした。怒りのままに調べ上げ、その男を追い詰めた。結果として、そのアナウンサーは番組を降板し、テレビ局からも去ることになった。事態は瞬く間に世間の注目を集め、テレビ局側も事の重大さに耐えきれず、大々的な記者会見を開くこととなった。
その日、正志は彼女と共に、テレビの前にいた。
会見に並ぶ局の上層部やアナウンサーの、誠実さを欠いた言い訳ばかりの言葉。被害者の彼女がどれほど傷つき、何に苦しんできたのか、その核心には触れようともしない彼らの態度。画面の中で繰り返される薄っぺらな謝罪に、正志の中の理性の糸が音を立てて切れた。
「こいつら、何も分かってない……!」
正志は立ち上がった。怒りの矛先が、画面の中の作り笑いと欺瞞に満ちた会見に向けられる。
ドスン、という重い音が響いた。
正志の右足が、テレビの画面を真っ直ぐに突き破った。液晶が弾け、火花が散り、会見の映像は無惨なノイズと共に暗転した。
部屋には、破壊されたテレビの残骸と、荒い息を吐く正志だけが残った。
「あんな連中に、彼女の人生を汚させたままにはしておけない……」
正志は壊れたテレビを見下ろしながら、拳を強く握りしめた。柔道の優勝メダルが、彼の胸元で鈍く光っている。彼はただの競技者ではなかった。大切な人を守り抜くためなら、巨大なテレビ局という組織の象徴すらも蹴り飛ばす、本当の意味での強さを手に入れていたのだ。
彼女は、そんな正志の背中を見て、恐怖ではなく、初めて「守られている」という安堵の涙を流していた。夜の空気が張り詰め、二人の間には、これから始まる長い闘いへの覚悟が静かに満ちていた。