仲間たちが去り、リビングに静寂が戻った。親父は自室に引き上げ、ノンは僕の足元で満足げな寝息を立てている。
僕はテーブルの上に置かれた自分のスマートフォンをじっと見つめた。今日、遥とショップへ行き、彼女がスマホを捨ててサムスンの電子書籍リーダーに切り替えたのとは対照的に、僕は自分のスマホを手放さなかった。
遥が過去との決別として物理的な断絶を選んだのなら、僕はあえてこのデバイスを使い続けることで、自分なりの距離感を見極めようとしていた。SNSの通知をすべてオフにし、不必要な繋がりを削ぎ落とした今のこの画面は、以前のような「他者の視線」に支配された檻ではない。ただのツール、あるいは物語を読むための窓として、僕は手の中に収めている。
窓際に座っていたちびと母猫が、僕の視線に気づいてこちらを見た。
「あんたは懲りないわね」
母猫が呆れたように喉を鳴らす。
「スマホなんていう危ういもの、よく持っていられるわね。画面の向こうには、またあんたを迷子にさせる誘惑が溢れているっていうのに」
ちびもあくびを噛み殺しながら、冷ややかな視線を送ってくる。
「まあいいさ。僕らには関係ない。ただ、あんたがその光に飲まれて溺れるようなら、また川に飛び込む羽目になるよ。次は助けてやらないからね」
二匹の言葉は辛辣だが、その真意は分かっている。僕はスマートフォンの電源ボタンを押した。画面が真っ暗になり、黒い鏡のように自分の顔を映し出す。
「溺れたりしないよ。もう、自分の足で立つ場所は見つけたから」
僕は画面を伏せてサイドテーブルに置いた。今の僕には、スマホの中の仮想世界よりも、この部屋に流れる静かな時間と、隣にいる家族の気配の方がずっとリアルで、価値があるものに思えた。
遥は今頃、あの新しいデバイスで小説を読んでいるだろうか。あかりも、正夫も、杏奈も、それぞれの場所でこの穏やかな夜を感じているはずだ。私たちはもう、誰かの評価や、ニュースの速報に追い立てられることはない。
窓から入り込む夜風が、少しだけカーテンを揺らした。遠くの街の灯りが、相変わらず騒がしく瞬いている。かつてはその光の一つ一つに憧れ、焦りを感じていたけれど、今はそれがただの遠景に過ぎないことを知っている。
僕は電気を消し、ベッドに身を横たえた。スマホの充電ケーブルは繋がない。僕と同じように、この端末も今夜は静かに休息を取ればいい。
目を閉じると、昨日の土手で聞いた川の音が、記憶の底から蘇ってくる。怒り、悲しみ、そして穏やかな静けさ。そのすべてを抱えて、僕は自分だけの物語を書き進めていく。誰に披露するでもない、この胸の中にある確かな現実という物語を。
外では、夜が深く、どこまでも静かに更けていった。
僕はテーブルの上に置かれた自分のスマートフォンをじっと見つめた。今日、遥とショップへ行き、彼女がスマホを捨ててサムスンの電子書籍リーダーに切り替えたのとは対照的に、僕は自分のスマホを手放さなかった。
遥が過去との決別として物理的な断絶を選んだのなら、僕はあえてこのデバイスを使い続けることで、自分なりの距離感を見極めようとしていた。SNSの通知をすべてオフにし、不必要な繋がりを削ぎ落とした今のこの画面は、以前のような「他者の視線」に支配された檻ではない。ただのツール、あるいは物語を読むための窓として、僕は手の中に収めている。
窓際に座っていたちびと母猫が、僕の視線に気づいてこちらを見た。
「あんたは懲りないわね」
母猫が呆れたように喉を鳴らす。
「スマホなんていう危ういもの、よく持っていられるわね。画面の向こうには、またあんたを迷子にさせる誘惑が溢れているっていうのに」
ちびもあくびを噛み殺しながら、冷ややかな視線を送ってくる。
「まあいいさ。僕らには関係ない。ただ、あんたがその光に飲まれて溺れるようなら、また川に飛び込む羽目になるよ。次は助けてやらないからね」
二匹の言葉は辛辣だが、その真意は分かっている。僕はスマートフォンの電源ボタンを押した。画面が真っ暗になり、黒い鏡のように自分の顔を映し出す。
「溺れたりしないよ。もう、自分の足で立つ場所は見つけたから」
僕は画面を伏せてサイドテーブルに置いた。今の僕には、スマホの中の仮想世界よりも、この部屋に流れる静かな時間と、隣にいる家族の気配の方がずっとリアルで、価値があるものに思えた。
遥は今頃、あの新しいデバイスで小説を読んでいるだろうか。あかりも、正夫も、杏奈も、それぞれの場所でこの穏やかな夜を感じているはずだ。私たちはもう、誰かの評価や、ニュースの速報に追い立てられることはない。
窓から入り込む夜風が、少しだけカーテンを揺らした。遠くの街の灯りが、相変わらず騒がしく瞬いている。かつてはその光の一つ一つに憧れ、焦りを感じていたけれど、今はそれがただの遠景に過ぎないことを知っている。
僕は電気を消し、ベッドに身を横たえた。スマホの充電ケーブルは繋がない。僕と同じように、この端末も今夜は静かに休息を取ればいい。
目を閉じると、昨日の土手で聞いた川の音が、記憶の底から蘇ってくる。怒り、悲しみ、そして穏やかな静けさ。そのすべてを抱えて、僕は自分だけの物語を書き進めていく。誰に披露するでもない、この胸の中にある確かな現実という物語を。
外では、夜が深く、どこまでも静かに更けていった。

