しゃべる人形

土手の川面が穏やかさを取り戻しつつあったその時、遠くから走ってくる足音と、土手の下から聞こえるすすり泣く声に、四人は足を止めた。
「……誰か、いる?」
秋夫が駆け寄ると、そこには目を疑うような光景があった。ずぶ濡れになり、泥だらけの服で震えているのは、昨日放送室で「正解」を求めていたはずの遥だった。彼女は土手の斜面で、独りぼっちで膝を抱え、獣のような声を上げて泣いていた。
「遥……! どうしたの、一体!」
杏奈が悲鳴を上げて駆け寄る。遥の体は氷のように冷たかった。聞けば、オンラインだけで繋がっていた彼氏に呼び出され、この場所で待ち合わせたのだという。しかし、現れた男は画面越しの優しさなど微塵もない、冷酷な人間だった。裏切られた怒りと暴力の果てに、遥は川に投げ込まれたのだ。
「……私、信じてたのに。画面の中の言葉だけで、あんなに……」
遥の瞳からは、光が消えていた。命からがら這い上がったものの、もし川の流れがもう少し激しければ、彼女は今ここにはいなかっただろう。テレビではすでに「SNSを通じたトラブル」として、ニュースが大騒ぎになっていた。
秋夫は静かに、しかし力強く言った。
「遥、分かったか。SNSなんて、所詮は記号の羅列だ。誰かが作った都合のいい幻影なんだよ。恋愛っていうのはな、画面の向こうで指先を動かしてするもんじゃない。泥臭い現実を、実際に会って、傷ついて、それでも隣にいるっていう……そういう温度を確認することなんだ」
その横で、あかりは黙って遥を抱きしめていた。言葉ではなく、ただ彼女の震える体を受け止める。あかりの体温が、遥の凍った心を少しずつ溶かしていく。
その空気を変えたのは、正夫だった。
「おいおい、そんな格好じゃ風邪ひくぞ!」
正夫は慌てて自分の家に戻り、着替えを持ち帰ってきた。しかし、持ってきたのは自分用のぶかぶかの男物のズボンとシャツだった。
「これ、着ろよ! ……いや、さすがにサイズがデカすぎるか!」
正夫が慣れない手つきで着替えを手渡すと、そのズボンがズズズと遥の腰からずり落ちそうになった。その情けない光景に、張り詰めていた空気が一気に弾けた。
「……ぷっ、あはははは!」
杏奈が声を上げて笑い、秋夫もつられて笑った。遥自身も、涙で濡れた顔で苦笑いするしかなかった。その大笑いが、川沿いの重苦しい空気を一掃した。
笑い疲れた後、杏奈は遥の手をしっかりと握り、優しく微笑んだ。
「これからは、私が遥の相談相手になるから。画面の中じゃなくて、こうして隣でちゃんと話そうよ」
遥は小さく頷いた。二人の間に、目に見えない強固な絆が芽生えた瞬間だった。
四人は土手を後にした。オンラインの彼氏という「幻」が、一人の少女を殺しかけた。けれど、実際に顔を合わせ、泥をかぶり、笑い合える仲間がここにいる。本当の繋がりとは、画面越しに映る美しい姿ではなく、こうして傷ついた姿をさらけ出し、笑い合える「生身の距離」の中にこそあるのだと、彼らは確信していた。