しゃべる人形

「ねえ、見てよ、今のニュース」
正尾が手元のタブレットを指差した。画面には台風の被害を報じるニュースが流れている。画面の中で、整った顔立ちのアナウンサーが、台本通りの悲劇的なトーンで語りかけている。
「これさ、みんな泣いてるのかな」
遥が不意にぼそりと呟いた。普段の彼女からは想像もつかない、どこか投げやりな言葉だった。
「泣くわけないでしょ。視聴率は取れるかもしれないけど、誰も本当の雨なんて見てないんだから」
正尾が冷たく言い放つ。彼は窓の外へ視線を向けた。しとしとと降り続く雨は、校舎の壁を濡らし、地面を叩いている。
彼らは「子供」である。まだ社会の階段を登り始めたばかりで、大人の汚い計算を真似ることしか知らない。でも、彼らの中にも、どこか心の奥底に「壊れたもの」への羨望が燻っていた。
「あかりっていう子、秋夫っていう男とずっと一緒にいるでしょ。あいつら、テストの点数も、将来のことも、何にも気にしないで生きてるよね」
正尾の言葉に、遥は黙り込んだ。彼女たちは、誰かの評価という呪縛の中にいる。でも、あの二人だけは、その呪縛から完全に解き放たれているように見えた。
「ねえ、もし……」遥が小さく口を開く。「もし、計算しないで喋ったら、みんな怒るかな」
その言葉に、正尾は答えなかった。代わりに、彼はタブレットの画面を消した。暗くなった画面に、自分の表情が映り込む。そこには、誰かに言わされている通りの「優等生」の顔があった。
「あいつらの雨は、何色なのかな」
正尾が呟く。それは、テレビ局の放送室では絶対に発してはいけない問いだった。けれど、この放課後の静寂の中では、その問いだけが、唯一の「人間らしい言葉」として空気に溶けていた。
彼らは、秋夫とあかりに憧れている。自分たちを縛り付ける台本を破り捨てて、雨の音だけで会話をするような、そんな無防備な時間を。
外では雨脚がさらに強まり、校庭の土をえぐっていく。子供たちの小さな秘密は、雨音に混ざって、どこか遠くへと運ばれていった。彼らはまだ、大人たちの計算の檻の中にいる。でも、その檻の鍵を、自分たちで開けようとしていることに、まだ気づいていなかった。