しゃべる人形

この学校には、宿題という概念がほとんどない。あっても「携帯小説を読んで感想を書く」程度の国語課題だけだ。図書室へ行く必要すらない。僕らは全員、スマホに「野いちご」のアプリをインストールしているから、好きな場所がそのまま教室になる。そんな便利な時代だ。
勉強に縛られない毎日、僕とあかりはいつも電車ごっこをして遊んでいた。
ある日、親父の建設現場の廃材置き場で、錆びついたタンデム自転車を見つけた。二人乗りの古い自転車。僕は前にまたがり、あかりを後ろに乗せて、ペダルを力いっぱい漕ぎ出した。桜坂の校門を抜け、浜野ガーリック駅を目指して、僕らの二人乗り電車は風を切る。
浜野ガーリック駅に着くと、婆さんがいつものように畑でニンニクを引っこ抜いていた。
「婆さん、おめでとう! ついに快速が止まるようになったよ。あの電車、これからはちゃんとここで止まるからな!」
僕が息を切らして叫ぶと、婆さんは腰を叩きながらニヤリと笑った。
「おう、兄ちゃん、ありがとな。……でも兄ちゃん、毎日毎日ここに来て遊んでねえで、少しは勉強しねえとダメだよ」
「またそれかよ……」
僕は苦笑いしながら、自転車から降りてあかりと肩を並べた。夕暮れの駅舎の影で、僕らは互いの温もりを確認するように寄り添う。あかりと二人でいられるこの場所は、世界で一番静かで、一番心地いい。
そんな僕らの様子を、婆さんは遠くから眺めながら、遠い目をした。
「……二人、いいなあ。婆ちゃんもさ、今のあのジジイが生きてた若い頃は、こんな時代があったんだよ。あいつの手は、いつも畑仕事で荒れてたけど、繋ぐとすっげえ温かくてさ」
婆さんは、ニンニクの匂いのする手で、自分の膝を撫でた。あかりは婆さんの隣にそっと座り、楽しそうに昔話に耳を傾けている。
僕もその横に腰を下ろした。快速が通過するたびに、鉄のレールが歌い、ホームの屋根が小さく震える。
この場所には、世間の窮屈なルールも、普通だとか異常だとかいう冷たい物差しも存在しない。
ただ、僕とあかりと、かつて恋をした婆さんの記憶と、風に揺れるニンニク畑だけがある。
「婆ちゃん、昔のジジイと俺、どっちが格好いい?」
僕が冗談めかして聞くと、婆さんは「決まってんだろ、今のジジイのほうがいいに決まってんだよ」と笑い飛ばした。あかりも小さく笑って、僕の腕をぎゅっと掴む。
僕らの電車ごっこは、こうして誰かに肯定されながら、夕闇の中へ溶けていった。明日もまた、この自転車を漕いでここへ来よう。そんな当たり前の幸せが、何よりも輝いて見えた。