しゃべる人形

みんなと別れ、高揚した気分のまま家に帰り着くと、玄関先で父がJR東日本の職員と深刻な面持ちで話し込んでいた。父は建設業者として、主に駅の改修工事を請け負っている。僕はその横を通り過ぎようとして、思わず足が止まった。
耳に入ってきたのは、数年前から地域で燻り続けていたあの議論だった。
「浜野ガーリック駅」に快速を停車させる――。
かつては各駅停車しか止まらなかったその駅に、僕らは勝手に「浜野ガーリック」なんて名前をつけた。駅の近くでヨボヨボの婆さんがニンニクや野菜を必死に作っていて、その畑の光景があまりに強烈だったからだ。子供の頃、桜坂から自転車を飛ばしてその畑まで行き、「浜野ガーリック駅に止まります!」と叫んで遊んだ電車ごっこの記憶が、鮮明に蘇る。
あの駅に快速を止めるために立ち上がったのは、他でもない、あの婆さんだった。
「いいから快速を止まれよ!」
婆さんがJRの偉い駅員に凄まじい剣幕で食ってかかったあの日から、全てが始まった。あの婆さんを怒らせると何をするか分からない。駅に火をつけかねないほどの恐ろしさと、何よりその執念に、JR側もついに折れたのだという。
話はさらに滑稽な方向へと進んでいた。JR側が停車のための費用や条件を求めた際、婆さんが持ち込んだのは現金ではなく、自分の畑で採れたバナナだった。しかも、そのバナナはあろうことか腐っていた。
「これを金に変えるんだ!」
そう言って突きつけられた腐ったバナナの山。JRの職員たちは絶句したが、あの婆さんの迫力に負け、結局その無理難題を受け入れることにしたらしい。
「快速の15両編成に対応させるために、ホームを延長する。それが今回の仕事だ」
父の言葉に、僕は飛び上がるほど嬉しくなった。そして話は、僕たちの通う桜坂高校へと及んだ。浜野ガーリックの成功(?)に続き、桜坂駅にも朝晩一本ずつ快速を停車させようという動きが現実味を帯びてきたのだ。
桜坂に通う生徒が増えた今、僕たちの日常を変えるホームの拡張工事が始まろうとしている。あの恐ろしい婆さんの「腐ったバナナ」が、僕たちの通学路の景色まで変えてしまったのかと思うと、なんだか無性に笑いが込み上げてきた。
駅の工事が始まる。快速が止まるようになる。それは、僕たちが過ごすこの街が、少しずつ、でも確実に変化していく予感だった。