昔々、日出ずる国の桑都という都に、イケメンの赤鬼、鴉天狗(からすてんぐ)の美青年、小生意気なお姫様がいました。

 陰陽師の式神として働いていた赤鬼と鴉天狗は、お姫様が小さい頃から彼女の屋敷で働いていました。

 曼珠沙華(ひがんばな)のような美しい朱色の瞳。黒くて美しい長髪の髪の毛。凛とした佇まいの姫は、成長していくにつれて都に住む貴公子達の間で噂に。
 
 噂を聞き付けた貴公子達は、彼女に求婚しようと、昼夜を問わず屋敷に訪れました。
 
 困り果てた姫は、貴公子達が諦めてくれるよう無理難題を課します。

 屋敷の縁側に座る赤鬼は、真横に立つ姫を見る。
 
「なあ沙華(さはな)姫。"火鼠の衣"なんて何処で手に入るんだ?」
 
 赤鬼の言葉に顔をしかめる沙華姫は、庭園に生えた松の木を眺める。そこにはセミがとまっていた。

 ジリジリと鳴き続けるセミに苛立つ沙華姫。
 
「全く、毎年うるさいな」
 
 蒸し暑い風が二人の間を駆け抜ける。
 
 赤鬼を横目で睨む沙華姫。赤鬼に向けて小さく呟く。
 
「知らん。そんな物、私が生きている間には見つからんわ」
「おいおい、何の考えもなく言ったってのか? もしも奴らが見つけてきたら、どうするんだ?」

 姫の予想外の返答にたじろぐ赤鬼。沙華姫を見る。

 赤鬼を見返す沙華姫。立ちあがろうとする彼を指で小突く。
 
「もしも見つけたとて、お主が婿にくれば良い話ではないか」
「冗談だろ?」
「いや鬼童丸(きどうまる)。私は本気だ。お主を婿に迎えたい」
「式鬼とお姫様が夫婦(めおと)になる。か。常識破れで馬鹿みてえな話だな」

 立ち上がった鬼童丸は、屋敷の中へと戻る。
 沙華姫は、立ち去る鬼童丸を目で追った。
 
 鬼童丸が座っていた縁側、沙華姫が立つ縁側に風が吹き抜ける。

 吹き抜ける風にまぎれて「そうか残念だ」と呟く沙華姫。

 再び庭園の松の木を眺める。
 松の木にとまっていたセミは、じりじりと鳴き叫んでいる。セミの声に気づいた鳥がセミを捕まえていた。

 それから数ヶ月が経ち、再び貴公子たちが屋敷を訪問する。
 姫から無理難題を押し付けられた貴公子達は、あらゆる手段を使って姫の心を奪おうとしました。
 
 偽物の反物や珍しい宝、職人に作らせた火鼠の衣も。
 それらの宝物を持ち寄り、庭園で片膝をつく貴公子たち。
 
 それを見下す姫。
 沙華姫は小さく、ふぅ、と溜め息をついたあと、貴公子達に言い放つ。
 
「私、人間の男には興味がないんです」

 沙華姫は貴公子達を一蹴。
 
 貴公子を嘲笑う姫。
 姫の馬鹿笑いを見る鬼童丸と鴉天狗。思わず笑ってしまう。
 呆れる陰陽師。
 姫のあっけらかんとした態度に、困り果てた翁と嫗。

 後日、馬鹿にされた事を根に持っていた貴公子達は、何としてでも姫の心を奪いたいと思い、呪術を使用して狐の妖怪に変化しました。

 それから一年が過ぎる。
 妖怪にしか興味のない沙華姫の前に、妖怪に変化した貴公子が訪ねてきました。

 妖怪と親しくなりたい姫は、迷わず「お茶をだそう」と言って微笑み、釣殿(つりどの)に案内。
 
 姫が釣殿に着き、妖怪に背を向けた瞬間。
 狐の妖怪となった貴公子は、姫の体から霊魂を奪いました。
 
「これで沙華(さはな)姫の霊魂は私の物」

 ニヤリと笑みをこぼす妖怪。
 妖怪は姫の体から奪った霊魂を持ち、何処か遠くへ逃げていきました。
 
 霊魂の抜け殻と化してしまい、釣殿に置き去りにされた沙華姫。
 姫は十二単の袖に隠していた式鬼の札を取り出す。
 
 霊魂を抜かれたことで冷たくなっていく指先。遠のいていく意識。
 指先に霊力を込める沙華姫。
 
 霊力を注ぎ込まれた式札は、札に描かれた陣から鬼童丸を現す。

 釣殿に倒れる姫を見た赤鬼は、迷うことなく姫を抱き上げる。
 
 冷たい指先。
 凍ったような頬。
 屍と化した死人のような青白い肌。それらには生気が宿っていなかった。

 沙華姫を守る為に働いていた鬼童丸は呟く。
 
「クソッタレ。どうしてなんだ」
「どうした鬼童丸。いや、ここで何があったんだ」
 
 そこに駆けつける鴉天狗。
 
 死人と化した姫。彼女を抱いた鬼童丸を見る。
 思わず鴉天狗は鬼童丸に詰め寄る。
 
「鬼童丸。お前なんて事を」

 意識を朦朧とする姫。彼女を抱きしめる鬼童丸。
 そっと鴉天狗の青年に姫を抱えさせる。
 
「俺は必ず沙華の霊魂を奪い返す。たとえ、何をしてでも」
 
 鬼童丸を力なく目で追う差華姫。
 
「全く、これだから夏は嫌いなのだ」
 
 腰に携えていた刀の柄に手を置いた鬼童丸は、沙華姫の霊魂を奪った妖怪を追っていった。