一冊のノートを片手に、少し日の落ちた空を見上げて呟いたのは、愛しい彼の名前。



「……優羽(ゆう)」



部活が始まっているこの時間は、誰も屋上には足を踏み入れない。



ここは旧校舎の屋上。


生徒がお昼に使ったりするのは隣の新館のほうだから、教室から遠い向かいの旧校舎に人はほとんど来ない。



ここからはグラウンドも見えないし、人の気配すらしない。



今の私にはうってつけだった。



一人になりたかった。




この柵から一歩踏み出せば、君に会えるのかもしれない。



それが出来ないのは怖いから?不特定多数の誰かに迷惑がかかるから?



それともこの、ノートのせい?



『ねえ、弥衣(やよい)って三月生まれでしょ?
それぞれの月に誕生色があって、三月は“夢宵桜”って名前らしいよ』


『綺麗な響きだよね。ほら、優しくて暖かい色、弥衣に似合ってる』



夢宵桜の色をしたノート。



これが、いつまで経っても私が屋上の端で動けないままでいる理由。



きっと開くのはあの日以来。