翌日。倉橋家を訪れると、めずらしく昭くんが待っていた。
「来たな、行くぞ」
 えっ?
「仕事だ」
「仕事ぉ!?」
「兄さんに許可は取ってある。手伝え」

 相変わらず口が悪い。
 迷ってると、廊下の奥から覚さんがひょこっと顔を出した。

「実践も大切な訓練よ! うなぎちゃんにがんばってもらいなさいな~」
 覚さん、まだ笑ってる。いい名前だと思うんだけどなあ……。
「うなぎ?」
「ああ……うん、あとで話すよ」

 多分、昭くんもおんなじ反応するんだろうな。かわいいと思うんだけど、うなぎ。

「ほら、行くぞ」
「ちょっと待って、くつひもが……」

 スニーカーのひもがほどけかけてる。結び直さないと気持ち悪いんだよね。
 昭くんはギターケースを背負うと、「外にいるぞ」と言って出て行ってしまった。
 あたしはたたきにこしをかけて、くつひもを結び直す。走ったりするかもしれないし、ちょっと固めにしておかないと。

「ここみちゃん」
「おわっ」

 とつぜん声をかけられて、あたしは心臓がはねあがる。
 真後ろに、透くんが立っていた。全然気づかなかった。びっくりした……。

「ここみちゃん、昨日はごめんね。僕のせいで、変な空気になっちゃって」

 透くんが、申し訳なさそうに頭を下げる。
 あたしはあわてて立ち上がると、両手をふった。

「ううん! あたしこそ、その……急にこんなこと言い出してごめん!」
 あのあと、あたしも反省したんだよね。ずっと入院してて、退院したら、今回だけって言ってた人が弟子入りしてました! なんて、展開についていけないのも当たり前だよ。

 透くんは、まゆを下げて、少し困ったように笑った。
 うん……。あたし、やっぱり透くんといると居心地いいなあ。

「ここみ! ぐずぐずしてると置いてくぞ!」
 外から昭くんのどなり声が聞こえて、あたしは肩をすくめた。
「ほんっと、口悪っ」
「ここみちゃん、昭とずいぶん仲良くなったね」
「ウソでしょ?」

 仲良くはなってないと思うよ? というか、昭くん、どんどん言葉に遠慮がなくなってるし。そりゃ、まあ……苦手意識はだいぶうすれたけどさ。ちょっと優しいとことか、基本いい人なとことか、わかってきたからかもしれないけど。

 透くんは、くすくすと笑った。