そろそろ帰らないと、と腰をあげると、覚さんが「送るわ」と言ってくれた。ありがたくさそいに乗ることにする。

 覚さんの車に乗せてもらって、あたしは帰路につく。その間もさっきのことが頭をぐるぐる回って離れない。

「ここみちゃん、ごめんなさいね」

 運転席で、しっかりと前を見ながら、覚さんはそう言った。

「透、ちょっと今ナーバスみたい。でも、ここみちゃんが気にすることないからね。明日もいらっしゃい。待ってるから」
「……はい、ありがとうございます」
 覚さんはくちびるをひょいっと持ち上げて笑った。

「そうだ、ここみちゃん。名前はつけたの?」
「えっ、名前……?」
「そ。アナタのおキツネさまに」
「はい、あの……『うなぎ』です」

 その瞬間、車がくいっと変な方向に曲がった。

「ちょ……っあぶな! あぶない!」
 覚さんは焦ったのか、あわててハンドルを握りなおす。あたしもびっくりした……一瞬、事故るかと思っちゃった。

「ここみちゃん、キツネに、『うなぎ』って名付けたの!?」
「はい」

 え、ダメだった? いい名前だと思うんだけど。
 覚さんがブファっと変な音を立てて笑った。そのたびに車がぐらぐらゆれて、あたしは生きた心地がしない。

「ここみちゃんってサイコウね! アタシ、ほんと、ここみちゃんのこと大好き」
 ゲラゲラ笑いながら、覚さんがハンドルを切る。
 もう家はすぐそこだ。

「じゃ、ここで。家の前だとご家族が気にされるでしょうし」

 ちょうど影になるところに車を停めると、覚さんはそう言ってあたしに降りるようにうながした。

「それじゃ、また明日」
「はい、ありがとうございました」

 発進する車を見送って、あたしは大きく息をつく。
「ナーバスか……」
 ナーバス。つまり精神的にちょっとまいってる……か。
 考えてもしかたない。あたしはあたしのやることをやろう。

「うなぎ、あたしがんばるからね」
 小さな声で呼びかけると、頭の中で赤い光がぴょこんと跳ねた。
 かわいい。呼ぶと、出てきてくれるんだ。なんだか頭の中でペットを飼っているみたい。

 ちょっと前向きになった気持ちを抱えて、あたしは家に向かって歩き出す。落ちかけた夏の長い太陽が、あたしの影を長くのばしていた。