「咲綾!」
 あたしは走った。たった数歩の距離。

 大きく開いた窓から風が吹いている。
 その風に乗って、頭の中をイメージが通りすぎていく。
 笑いながら、咲綾から離れていく黒い影。

 咲綾の体が窓の外にかたむいた。

「咲綾!!」

 手を伸ばす。お願い届いて!
 指先が咲綾の白いパジャマにかかりそうになり、つかむ間もなくすり抜けていく。

「――ここみ?」
 咲綾は何が起こったのかわからない、という顔をした。
「私、どうして……」

 不思議そうな顔のまま、咲綾は窓の外に……消えた。

「いやあああ! 咲綾!!」

 窓の下で、いくつもの悲鳴が聞こえる。
 咲綾……咲綾!
 窓にかけよろうとしたあたしの手を、昭くんがぐいっとつかむ。

「急げ! 人が来る!」
「でも、咲綾、咲綾が!」
「いいから急げ!」

 そのままぐいっとうでを引っ張られ、あたしは病室から引きずり出された。青い顔の透くんも同じように病室から出る。
 あたしたちはかけよってくる足音とは反対のほうに大急ぎで逃げ出した……。




 病院の裏手まで走り、ちょっとした公園を見つけると、あたしたちは一回そこで足を止めた。
 息を整える間も、整え終わった後も、あたしたちは無言だった。何も言えない。何も考えられない。あたしたちは、失敗したんだ。

「う……」

 ぐしゃぐしゃの感情のまま、あたしはその場に座り込む。涙がぼたぼたと落ちて、公園の乾いた地面に吸い込まれていった。
「気を落とすな」
 昭くんが、ぽつりとつぶやいた。
「やれることをやっただけだ。……だから……」

 あたしは首を振る。
 ちがう、何もできなかった。あたしは何もしてない。

 ただ視てただけ。

 もしあたしに、ほかにできることがあったら、ちがう結末だったかもしれない。
 咲綾は死なずにすんだかもしれないのに……!

「……ここみちゃん」
 まだ真っ青な顔の透くんが、ゆっくりとこっちに近づいてきた。
「大丈夫、咲綾ちゃんは、無事だよ」
「え……!?」

 あたしと昭くんは目を見合わせた。

「ほ、ほんと……!?」

 透くんは無言であたしと昭くんの腕をつかんだ。
 頭の中で光が弾ける。

 あたしの目は公園を見ているはずなのに、別の場所が目の前に広がっている。
 窓から落ちる咲綾。その下の生垣にぶつかって引っ掛かったところを、助け出されている姿が見える。