さかのぼること数時間前――……。

「ここみ! お願い! 一生のお願いだから!」
 スマホごしの、咲綾の必死な声にあたしは眉を下げる。

「やだよぉ、忘れたのは咲綾でしょ?」
「そこをなんとか! ね、お願い!」
「だって、あたし、さっき帰ってきたばっかなんだよ。もうすぐ夜になっちゃうし、明日いっしょに行こうよ、ね」
「うう~……」
 咲綾が泣きそうな声をあげる。
「もう……」
 あたしは呆れてため息をついた。

「なんでサイフなんて大切なもの、忘れてきちゃうのよ!」



 あたしと咲綾は小学校からの友だちだ。おんなじ中学に進学して、今も仲良しの大親友。今日もいっしょにぶらぶらと帰って、神社に寄ろうって言い出したのはあたしのほうだった。

 学校のすぐ裏手にある神社は、ちょっとした森の中にある。あんまり人も来ないし、普段からがらんとしていて、ヒミツの話をするのにちょうどいい。空気が澄んでいて気持ちいいっていうのもあって、暇を見つけてはしょっちゅう遊びに行くお気に入りの場所だ。

 定期テストも終わって、もうすぐ夏休み。

 そのこともあって、あたしたちはちょっとうかれてた。だから、気づいたときには門限の六時をとっくに超えてて、あわてて家に帰ったんだ。さっきまであたしもお母さんにさんざん怒られて、ようやく自分の部屋に行ってもいいお許しをもらったとこだから、咲綾からの電話は正直、まじかよって気分になる。

「ね、お願い。私、今日めちゃくちゃ怒られちゃってさ……そのうえサイフまで忘れてきたって言ったら、どうなっちゃうかわかんないよ」
「あー……咲綾のおうち、めっちゃきびしいもんね」
「だから、お願い! 私のかわりにサイフ探してきて! なんでもするから!」

 あたしは迷う。だって、自分のサイフならともかく、友だちのを探しに今から出かけるのはちょっとめんどうだよ。
 でも……咲綾の家の事情も知ってるからなあ。うちもそりゃ、怒られはするけど。咲綾のとこほど厳しくないのはそのとおりだし。
 スマホの向こうで、咲綾が必死に頭を下げている姿を想像して、あたしはもう一回ため息をつく。

 しゃーない、行くか。

「……わかったよ。そのかわり、明日アイス、おごりだからね!」
「ほんと!? さすがここみ、助かる! アイスならもうめっちゃおごるからさ! ありがとう!」