それではずっと過去に戻ってお話しさせてください。
マキシムさまのご一族は先祖代々ある王家に家臣としてお仕えになり、
海岸警備や海辺一帯の領地を治める役職に就かれていました。
曾祖父さまの代になるとこれまでの王家の在り方に変化が生じました。
テオドール王には3人のお子さまがいらっしゃいましたが
お世継ぎとなる男のお子さまが急に亡くなられてしまいました。
大病もなく元気に大きくなられていたそうでございますが
亡くなられた時も原因がはっきりわからなかったと伺っています。
まだそんなに医療体制の整っていなかった時代でございますから
折角お世継ぎとなる男のお子さまがお生まれになっても
幼くしてお亡くなりになることも多かったそうでございます。
またその後男のお子さまは生まれなかったそうでございます。
重臣より再婚話しが挙がったそうでございますが、
父王はきっぱりとお断りになったそうでございます。
幸いおふたりの王女さまは健康に問題なく
無事に大きくなられました。
王女さまとしてお生まれになったときから
王家の持続と発展のために、
政略結婚の道具とされてしまうのが当時の世の常と言いましょうか
幼いころからお妃教育を受けて育てられるのでございます。
けれどやはり跡継ぎを失くされた父王テオドールさまとしては
強い悲しみに向き合えなかったのではないでしょうか。
おふたりの王女さまをできればお側に置いておきたいと
お考えが変わられたそうでございます。
父王にはおひとりの弟王アクセルさまがいらっしゃいました。
皇位継承順位から申し上げますと
2番目にということでございました。
どの代にも女王はいらっしゃらなかったのでございます。
弟王には最初のお妃さまとの間におひとり、
お妃さまはお子さまが幼いころに亡くなられたそうでございます。
その後再婚もされたそうでございますので
次のお妃さまとの間にもうひとり、男のお子さまがいらっしゃいました。
王位継承の会議が行われるようになると、
これは何も調査されることはなかったそうでございますが、
父王の亡くなった男のお子さまは
誰かの悪意に寄って亡くなったのでは?
と言った噂が囁かれるようになったそうでございます。
そういった噂というものは
人に伝わっていくうちに、悪い方へ脚色されてしまいがちのようで
実際より全く違ったものに変えられてしまいます。
父王は会議の途中で王位を退くことを決意されたそうでございます。
全てを弟王にお譲りになられました。
ご家族で王宮の外へお住まいはお引越しされましたが、
その後も弟王を支え続けていらっしゃったそうでございます。
ご兄弟の仲は良好だったと聞いております。
ここまでがマキシムさまの曾祖父さまの代のお話しでございます。
