最後の航海


ディナーの前にふたりのために用意されたスイートルームに戻り着替えをした。

フェリシティは小花柄のプリントシフォンのミモレ丈のワンピース。

アイザックは爽やかなネイビーのスーツにノーネクタイ。

キャビンにはアイザックのために来客用のベッドが運び込まれていた。

わずかの航海の日程にもかかわらず、
室内はきれいに整理されて、絨毯は新調したようにふかふかになっていた。

またスーツケースの中の洋服はすでにクローゼットに収まっていた。

「もう決まっていることだけど、ここでずっと暮らせないなんてさみしいわ」

フェリシティはドレッサーの鏡に映る自分に語りかけた。

「ここにいる間にみんなにお礼を言いに行こうよ」

「忘れずにお土産も持って行かなきゃね」

ふたりはダイニングルームへ向かうため一度デッキに出た。

夕陽に染まった港湾のプロムナードには
レンガ造りの倉庫群が並び、
ガス灯のほのかな明かりが波の穏やかな水面に映って
ゆらゆらと揺れていた。

対照的に向こうにいくつも立ち並んだ高層ビルからは
赤く眩しい光が点滅していた。

ビルの間をミニカーのように見える車が絶えず行き交っていて、
どこかで交通事故だろうか、
緊急車両のサイレンが次第に大きくなってきて
突然停止した。

「おばあさまたちはとても愛し合っていたんだね」

腕を組んで歩きながらアイザックが言った。

「でもおじいさまの写真が一枚も飾られていないのはなぜ?」

「アイザック、あなたは見るところが違うわね、」

フェリシティはえっへんと得意気に答えた。

「それはね、とても不思議なんだけど
 おばあさまにとってはおじいさまは今も生きてるからなのよ
 以前は飾ってあったのよ、おばあさまがあんな風になる前までは」

今度は少し悲しげにフェリシティは

「わたしたち家族で話し合って、おばあさまにおじいさまのことを聞かれたら、
 お客さまがいらっしゃっているからとか、書斎のお仕事があるからとか、
 なにか都合のいいうそをつくことにしようねって決めたの」

アイザックは組んでいたフェリシティの手を握って

「ステキなうそだね」

「おじいさまの姿が見えなくても、どこかにいるって聞いたら
 安心していらっしゃるわ」

「みんなおふたりのことが大好きなんだね」

「さあ、もうお腹ぺこぺこ、行きましょう」

ダイニングではスケジュールが合わないなどの理由で一族全員ではないけれど
最後の航海を見届けるために船に残っている家族が
ふたりを歓迎するために待っていた。