祖母の陽葵は夕暮れの日差しが差し込むデッキ横のキャビンでうとうとしていた。

最近では車椅子で日光浴に出ることよりも、ベッドで横になったまま
過ごすことのほうが多くなってきた。

少し遠くの方でおしゃべりしている少女の声が届いたからだろうか
静かに目を開けると、ぼんやりと見慣れた壁紙や置き時計を見つめた。

ドアをノックする音がした。

ゆっくりと起き上がろうとしたが、体が重くて自分では思うように動けなかった。

フェリシティは陽葵が楽な姿勢で座れるように手伝った。

少し時間がかかった。

けれど自分を介助してくれている相手がフェリシティだとわかったのか
うつろだった表情が穏やかに微笑んでいるように見えた。

ようやくお互いの顔を合わせることができた。

「フェリシティ?」

ここ数年の陽葵は物忘れが激しくなり、
相手が誰なのか名前も思い出せないことが増えていたが
長い間一緒に生活をしているマリィと
孫のフェリシティだけは忘れることがなかった。

「おばあさま、お元気でしたか? いま戻ったところなんです」

「そう、学校はどうだった」

「あら、学校はまだなんです、旅行から戻ったんですよ」

フェリシティは跪いて陽葵の痩せて骨張った手を握った。

「ほら触ってみてくださいな」

そう言ってお土産の包みに陽葵の人差し指を持って輪郭を縁取らせた。

「あとで開けてみてくださいね」

「おばあさま、わたしの旦那さまを紹介しますね」

フェリシティは立ち上がるとアイザックの背中に手を回して
陽葵がよく見えるように自分の前に立たせた。

アイザックが陽葵の手を取って挨拶しようとすると、

「マキシム・・・どこへ行っていたの、
 フェリシティ、マリィにたのんで
 お茶の準備をしてもらって」

とてもはっきりとした言い方に彼は困惑した。

ふたりは顔を見合わせて苦笑いするだけだった。

「おばあさま、この人はおじいさまじゃないのよ、しっかり見てちょうだい」

「あら、そうだったわね、
 最近はなんだか頭の中がぼんやりしてしまって」
 
その後マリィが夕食の準備が整ったことを告げにくるまで
出来上がった結婚式の写真や旅行中の思い出話しなどで
穏やかで微笑みに満ちた時間を過ごした。

ときどき陽葵はアイザックとマキシムを混同していたが

「そんなに僕はマキシムに似ていますか?」

「僕のほうがきっとハンサムでしょう」

などとアイザックが上手に交わして、陽葵を喜ばせていた。

フェリシティは大好きな祖母のために気遣ってくれるアイザックの思いやりに
感謝の気持ちでいっぱいになった。

そしてこの人のパートナーになれて良かったとあらためて思った。

マリィが部屋に入ってきたときに感じた印象を
ずっと後になってフェリシティはマリィから聞かされたとき
涙があふれて仕方がなかった。

陽葵が亡くなって数年後に
マリィもまた病気治療のために入院していた病室へ
お見舞いに行ったときのことだった。

「あの時部屋にマキシムさまもいらっしゃいました」