約束されていた時間に陽葵さまは、
マキシムさまたちがお見えになるのをお待ちになっていたそうでございます。
おかあさまとレオニーさまはなるべく誰かわからないように
帽子を深く被っていらっしったので、
後部座席に落ち着かれると、
とても恐縮されていたそうでございます。
陽葵さまはおふたりが無事に出国できるまで
静かな場所でゆっくりなさってくださいとおっしゃっていたそうでございます。
マキシムさまのおかあさまは涙を流してお喜びになられていたそうでございます。
レストランへ到着されたあとは、
大使館の職員の方たちと面接などの書類上の手続きや
パスポート用の写真撮影があり、
おかあさまはやはりとてもお疲れになったそうで
少しおやすみになられたそうでございます。
叔父さまが前もってお部屋を準備されていたそうでございます。
レオニーさまも叔父さまや陽葵さまに何度もお礼を申し上げたそうで、
マキシムさまの耳元で、
「わたしのお義姉さまになっていただきたいわ」
と、おっしゃったそうでございます。
ディナータイムのお仕事の間に、
陽葵さまがマキシムさまたちのために
スタッフ室に賄いの食事を用意して下さったそうでございます。
おかあさまのための食事もお部屋の方へご用意していただけたそうでございます。
お店が閉店時間になりましてから
陽葵さまがおかあさまとレオニーさまを車に乗せて、
引っ越しの終わったアパートへお送りされたそうでございます。
おかあさまを手伝われてベッドで休んでいただいたそうでございます。
レオニーさまに、
「お部屋はおふたりでは窮屈かもしれませんが、
ゆっくりお休みくださいね、
今日はお疲れになったでしょう」
と、おっしゃってお帰りになろうとされましたときに、
レオニーさまから、
「お義姉さま、いろいろありがとうございました」
と、お返しになったそうでございます。
陽葵さまも姉妹がいらっしゃらなかったので、
出国までが慌ただしかったそうでしたから
「もう少しレオニーさんとお話しがしたかったわ」
と、おっしゃったそうでございます。
おかあさまとレオニーさまはそれから1週間ほどで
無事に出国されたそうでございます。
大使の奥さまが付き添って旅立たれたそうでございますから、
マキシムさまも安心してお任せされたのではないでしょうか。
到着されましたらすぐにでも医療機関で検査をされるそうでございました。
しばらくはお住まいも伏せられていらっしゃいました。
マキシムさまは出国後のおかあさまとレオニーさまにお会いされていたかどうかについては、
マキシムさまはお話しくださったことがないのでございます。
陽葵さまとわたしがキャビンでご一緒していたときも、
マキシムさまはおかあさまたちのことを
おふたりでお話しされるようなことはございませんでした。
それだけ長い間公にできなかったということではないでしょうか。
